文化史

言葉

漢字はどこから来たのか——甲骨文字から新字体・簡体字まで、3000年の歩み

いま私たちが書く漢字は、3000年あまりの変身の、いちばん新しい姿にすぎません。最古の漢字「甲骨文字」は、19世紀末まで「龍骨」という漢方薬として砕かれ飲まれていた。占いの記録から始まり、絵であることをやめ、海を渡ってかなを生み、いまは国ごとに違う形で使われている。漢字の3000年をたどります。
歴史

なぜ時計の針は右回りなのか——日時計と北半球が決めた方向

時計の針が右回りなのは物理法則ではなく、北半球の日時計の影が右へ回るのを機械式時計が受け継いだためです。フィレンツェやプラハには反時計回りの時計も残り、向きが一つの約束事にすぎないことを示しています。
歴史

シルクロードとは何だったのか——「道」ではなくネットワークだった交易路

ラクダの隊商が絹を積んで中国からローマへ——そんな一本道のイメージで語られがちなシルクロード。けれど「シルクロード」という名前自体が19世紀ドイツの命名で、実態は無数の経路が網の目状に絡む交易ネットワークだった。だれも端から端まで歩いていない中継交易、ソグド商人、運ばれたのは絹より思想だったという近年の見直しまで、名前と実態のずれをたどる。
言葉

漢字にも方言がある——「垳」という文字が教える、土地と文字の関係

埼玉県八潮市にしかない一字「垳」。土へんに「行」と書いて「がけ」と読む。字源には二つの説があり、低地の水害の記憶が刻まれている。区画整理で消えかけたこの地名を救ったのは、よその土地の人だった。一字をたどると、文字と土地の思いがけず深い関わりが見えてくる。
歴史

「○○富士」はなぜ生まれたのか——見立てと信仰が広げた、ふるさとの山

津軽富士、讃岐富士、薩摩富士——全国に300とも400ともいわれる「○○富士」。その数は今も確定せず、最も低い富士は標高35メートルしかない。形の似た独立峰に富士の名を重ねてきた、信仰と郷愁の歴史をたどる。
言葉

「敬語」はなぜ三種類では説明しきれないのか——尊敬・謙譲・丁寧と、文化庁が分けた五つ

学校で習う敬語は尊敬語・謙譲語・丁寧語の三種類。けれど文化庁が2007年にまとめた「敬語の指針」は、これを尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ・丁寧語・美化語の五つに分け直しています。「伺う」と「参る」はどちらも謙譲語なのに、何が違うのか。敬語が三つに収まらない理由と、神への言葉から相互尊重へと性格を変えてきた歴史をたどります。
歴史

ペストはなぜヨーロッパを変えたのか——黒死病後に動いた賃金と信仰

黒死病は人口の激減を通じて中世ヨーロッパに何をもたらしたのか。労働力不足が農民の賃金を押し上げ、1351年の労働者規制令も止められなかった。一方で教会は無力をさらし、鞭打ち苦行やユダヤ人迫害も広がる。ペストが「変えた」ものと、すでに始まっていた変化とを、史料の論争もふくめてたどる。
歴史

なぜ地図は「北が上」なのか——方位の標準化と、そうでない地図の歴史

地図の北が上なのを私たちは当たり前と思っていますが、国土地理院でさえ「確たる定説はない」としています。中世ヨーロッパでは東が上、イスラム圏では南が上。方位が北へそろっていった歴史と、いまも残る「逆さ地図」をたどります。
歴史

兵庫県はなぜ五つの国からできているのか——摂津・播磨・但馬・丹波・淡路と、神戸を分ける国境

神戸市は一つの市でありながら、須磨と垂水のあいだで摂津国と播磨国に分かれている。その境は古代の大化の改新までさかのぼり、いまも区境に残る。さらに兵庫県は摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という五国の寄せ集め——歴史も風土も違う土地が一県になった理由は、神戸港にあった。
歴史

西国街道とは何だったのか——山陽道の別名と、国道2号に重なる神戸・兵庫の道

神戸の街なかを貫く国道2号は、その多くが江戸時代の西国街道と重なっている。古代の山陽道を引き継いだこの脇街道は、名前すら一定しない不思議な道だった。兵庫津では繁栄ゆえに直角に折れ曲がる。神戸・兵庫を通った西国街道の来歴をたどる。