なぜ建物は地震で倒れるのか——共振・液状化・層崩壊のしくみ

なぜ建物は地震で倒れるのか——共振・液状化・層崩壊のしくみ 科学

朝起きて天井が落ちてこないこと、職場のビルが立っていること。わたしたちはふだん、それを疑いません。何トンもの建物が頭の上にあるのに、平気で暮らしていられる。ところが大きな地震のあとの写真を見ると、ぺしゃんこになった建物のすぐ隣で、まったく無傷の家が建っていたりします。

この差は、どこから来るのでしょうか。「古いから」「弱いから」で片づけたくなりますが、話はそう単純ではありません。新しい建物が倒れることもあれば、古い家が残ることもある。建物が倒れる・倒れないを分けるのは、丈夫さの一点ではなく、揺れとの相性、足元の地盤、そして建物の形といった、いくつもの条件の重なりです。

建物にも、揺れやすい周期がある

まず知っておきたいのは、建物にはそれぞれ「揺れやすいテンポ」がある、ということです。

専門的には固有周期といいます。背の低い木造の家はせかせかと小刻みに、背の高いビルはゆっくり大きく揺れる。ブランコに似ています。ブランコにはちょうどいい押すタイミングがあって、その間隔で押し続けると、小さな力でもどんどん大きく振れていく。建物も同じで、地震の揺れの周期が建物の固有周期とぴたりと合うと、揺れが共振でみるみる増幅され、想定を超えて大きく揺さぶられます。

ここで効いてくるのが、地震の波そのものにも周期があるという事実です。ウェザーニュースの解説によれば、周期がおよそ1〜2秒の「やや短周期」の地震動は、低い建物に大きな被害を与えやすく、その危うさから「キラーパルス」と呼ばれることがあります。1〜2階建ての木造住宅の固有周期は、ちょうど1〜2秒あたり。1995年の阪神・淡路大震災で木造家屋が数多く倒れたのも、2016年の熊本地震で益城町に被害が集中したのも、この帯の揺れと建物が響き合ってしまったことが大きいと見られています。

逆に、もっと長くゆったりした周期5秒以上の長周期地震動は、低い家にはあまり効きません。効くのは、固有周期の長い高層ビルのほうです。震源が遠くても、高い建物だけがゆっくりと、なかなか止まらずに揺れ続けることがあります。

足元の地面が、液体になる

建物そのものがいくら丈夫でも、立っている地面が崩れてしまえば話は別です。

地震調査研究推進本部の説明では、ゆるく積もった砂の地盤に強い揺れが加わると、地層そのものが液体のようになる現象が起きます。ふだんは砂の粒どうしがかみ合って建物を支えていますが、揺すられて粒のかみ合わせが外れると、砂が地下水のなかに浮いた状態になる。これが液状化です。起こりやすいのは、埋立地や干拓地、昔の川筋を埋めた土地、地下水位の高い砂地など。要するに、もともと水と砂でできた、若くてやわらかい土地です。

液状化が始まると、地盤は建物を支える力を失います。ここで起きることのうち、いちばん直感に反するのが、ものの浮き沈みが比重で逆になる、という現象です。ふだん地面より重いはずのビルや橋は、支えを失ってずぶずぶと沈み込む。一方、地中に埋めた軽いガス管や水道管、マンホールは、まわりが液体になったぶん浮力を受けて、下から押し上げられ、地表へにょきりと顔を出す。船が水に浮くのと同じ理屈が、地面の下で起きるわけです。建物そのものはどこも壊れていないのに、傾いてしまってもう住めない、ということも珍しくありません。国土交通省の資料を見ると、被害は噴水や噴砂、戸建ての沈下・傾斜、道路の変形、ライフラインの損傷と多岐にわたり、複合して起きるぶん復旧も長引くとされています。2011年の東日本大震災では、東京湾岸の埋立地などで、こうした被害が広い範囲に及びました。

ちなみに、揺れがおさまって水が抜け、砂が締まり直すと、地盤はまた支える力を取り戻します。

1階だけが、消える

倒れ方のなかでも、写真で見るとひときわ不穏なものがあります。上の階はそっくり残っているのに、1階だけが押し潰されて消えてしまったような倒れ方です。

これには建物の形が深く関わっています。1階を駐車場や店舗にするため、壁をなくして柱だけにした「ピロティ」と呼ばれる造りがあります。耐震補強を手がけるアイエムエーは、こうして特定の階だけ壁が少なく硬さ(剛性)が落ちていると、地震の力がその弱い階に集中してしまう、と説明しています。上の階々がしっかりしているぶん、しわ寄せが一点に集まり、柱が耐えきれずに折れる。コンクリートの柱が、ねじ切られるように破断する「せん断破壊」が起きると、その階だけがぺしゃんこに潰れます。

姉妹編にあたる「なぜ橋は落ちないのか」で、橋は力の行き先をていねいに用意してやることで立っている、と書きました。建物が倒れるのは、ちょうどその裏返しです。逃げ場のなくなった力が一つの階、1本の柱へ追い込まれたとき、構造はそこから崩れます。阪神・淡路大震災では、ピロティ形式のビルやマンションが数多く倒れ、ビルの中ほどの階だけが消えてしまった例もありました。

倒れた建物が、次の基準をつくる

こうしたしくみは、どれも大きな地震のあとで、倒れた建物を調べることでわかってきたものです。

日本の耐震基準は、被害のたびに書き換えられてきました。アットホームがまとめた経緯をたどると、1978年の宮城県沖地震で多くの住宅が壊れたことを受けて、1981年6月に建築基準法施行令が大きく改正されます。これがいわゆる新耐震基準で、それ以前の「震度5強程度で倒れない」から、「震度6強から7の大地震でも倒壊しない」へと、めざす水準が引き上げられました。さらに阪神・淡路大震災のあとには木造住宅の規定が見直され、地盤調査や接合金物、耐力壁の配置バランスについての決まりが加わっています。

建物が倒れるしくみを、わたしたちは机の上だけでは突き止められませんでした。共振も、液状化も、層崩壊も、現実に建物が倒れて初めて、その急所がどこにあったかが見えた。今ある基準は、過去のどこかの地震で倒れた建物が、身をもって教えてくれた線でもあります。それでも自然は、ときどき想定の上を行きます。だからこの線は、これからの地震のたびに、また少しずつ引き直されていくのだと思います。

参考・出典

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