休みの日の六甲山は、よく晴れていればハイカーでにぎわいます。それも休日だけの話ではありません。平日の早朝、まだ街がすっかり動き出す前から、同じ山道を黙々と登っていく人たちがいます。神戸の人にとって六甲山は、ふもとから「眺める山」であると同時に、足で「登る山」でもあるのです。
では、なぜこの山は、これほど多くの人が登る山になったのでしょうか。話は、神戸が港を開いた頃までさかのぼります。
街のすぐ裏に立つ山
六甲山は、神戸の市街地のすぐ北に横たわっています。最高峰でも標高931メートル。けっして高い山ではありませんが、海に近いところからいきなり立ち上がっているので、街なかの坂を上がっていけば、そのまま山道に入れてしまいます。
山を開いた外国人
六甲山を「登り、楽しむ山」へと変えた立役者は、意外にも日本人ではありませんでした。イギリス人の貿易商、アーサー・ヘスケス・グルームです。
六甲山ビジターセンターの歴史解説によれば、グルームが神戸へやってきたのは1868年。茶の貿易を営みながら、1895年に六甲山上の土地を借り受け、避暑の拠点をつくります。植林をし、私財を投じて山道を整えました。その幅は、およそ1.8メートルあったといいます。山の上はしだいに人の過ごせる場所になり、1910年までに山荘は56軒を数えました。その大半は欧米人のものです。
ゴルフもこの山から始まっています。1901年に数ホールのコースが開かれ、1903年には神戸ゴルフ倶楽部が生まれました。日本でいちばん古いゴルフ場です。こうした働きをたたえ、1912年には山上に「六甲開祖之碑」が建てられています。
「登る」ことが持ち込まれる
グルームたちが置いていったのは、別荘やゴルフだけではありませんでした。山に登るという行為そのものです。Wikipediaの「六甲山」には、早くも1874年、神戸の外国人がピッケルとナーゲルを手に、西洋式の登山を六甲山で試みた、と記されています。日本の近代登山の、最初の一歩だったとされる出来事です。やがて山好きが集い、1910年には国内で初めての社会人山岳会、神戸徒歩会が生まれました。1924年にはロック・クライミング・クラブが本格的な岩登りを紹介します。その舞台が、六甲山中のロックガーデンでした。
毎日登る、という神戸の習慣
六甲山と神戸の結びつきを、いちばんよく表しているのが「毎日登山」です。文字どおり、毎朝のように同じ山へ登る習慣のことを指します。
神戸公式観光サイトのFeel KOBEによれば、この習慣の種をまいたのも、やはり開港期の外国人でした。健康のために、北野の異人館街の裏手の山へ毎朝登っていた——それを見た神戸の人たちが、明治の後半になって真似をはじめ、いつしか暮らしになじませていったといいます。発祥の地とされるのは、再度山の「善助茶屋」。今もその近くに「毎日登山発祥の地」の碑が立っています。
面白いのは、これがただの個人の習慣で終わらなかったことです。同じ山筋を登る者どうしが顔なじみになり、やがて登山会という集まりに育っていきました。六甲山系には11の山筋があり、そのそれぞれに登山会があるといいます。なかでも古い神戸ヒヨコ登山会は1922年に始まり、2022年には100周年を迎えました。毎朝、同じ顔ぶれと山であいさつを交わす——そんな付き合いが、かれこれ100年も続いているわけです。登山がレジャーであると同時に、ご近所付き合いの場にもなっています。全国を見回しても、かなり珍しい光景ではないでしょうか。
ケーブルカーが運んだもの
山上の暮らしや毎朝の山歩きを、ごく一部の人のものから大勢のものへ広げたのは、鉄道でした。1905年に阪神電車、1920年には阪急の六甲駅。そして1931年に六甲ロープウェイ、翌1932年には六甲ケーブルが開通します。ふもとまで電車で行き、そこからケーブルに乗り継げば、たいした装備も体力もいりません。山は、ぐっと身近なものになりました。
港を開いた神戸に外国人がやってきて、別荘を建て、毎朝の山登りという習慣まで置いていった。それを神戸の人たちが受け取り、自分たちの暮らしに編み込んでいった結果が、いまの六甲山です。今朝もきっと、どこかの山筋を、見慣れた顔ぶれが登っているはずです。
参考・出典
- 六甲山ビジターセンター「六甲山の歴史・文化」 https://rokkosan.center/history
- Feel KOBE 神戸公式観光サイト「毎朝山に登る神戸独自の生活文化『毎日登山』とは」 https://www.feel-kobe.jp/column/mainichi_tozan/
- Wikipedia「六甲山」 https://ja.wikipedia.org/wiki/六甲山
- Wikipedia「アーサー・ヘスケス・グルーム」 https://ja.wikipedia.org/wiki/アーサー・ヘスケス・グルーム
- Wikipedia「神戸ゴルフ倶楽部」 https://ja.wikipedia.org/wiki/神戸ゴルフ倶楽部


