ダムを見上げて、ふと不思議に思うことがあります。あの巨大なコンクリートの壁は、なぜ何百万トンもの水に押し負けないのか。水圧というのはばかにできない力で、堤体が高くなるほど指数関数的に大きくなります。にもかかわらず、日本には3,000を超えるダムが立ち続けている。
種を明かしてしまえば、ダムは「水を受け止める」ものではありません。「水の力を、別の場所へ逃がす」装置です。逃がし方が違うから、形が違う。日本のダムの大半は、おおまかに三つの型式に整理できます。
重力式——自分の重さで踏ん張る
最も素朴な発想のダムです。水が押してくる力に対して、堤体そのものの重さで対抗する。横から見ると三角形をしているのは、上流側の水圧を底面で受け止めて、滑ったり倒れたりしないようにするための形です。
日本のコンクリートダムでは、この型式が圧倒的に多い。関西電力の解説によれば、日本のダムの約9割がこの形式に分類されます。設計の自由度が高く、地盤の条件さえ満たせばどこにでも造れるのが強みです。
ただし弱点もあります。堤体が重いぶん、地盤にはそれを支えるだけの強度が必要になる。そして単純に体積が大きくなるので、コンクリートの使用量がふくらみます。
夕張シューパロダム(北海道)は重力式の代表例で、堤高110.6メートル、有効貯水容量は約3.7億立方メートル。国内4位の貯水量を、ひたすら重さで支えています。
アーチ式——岩盤に押し返してもらう
ここで発想が一気に転換します。アーチ式は、水の力を堤体自身で受けません。アーチ状に湾曲した形を使って、水圧を両側の岩盤に「逃がす」のです。
橋のアーチを思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。上から押される力を、両端の支点に分散させる構造。あれを縦に立てて、上流側に張り出させたものがアーチダムだと思えば近い。
この方式の何が嬉しいかというと、堤体が薄くて済む。コンクリートの量が劇的に減ります。富山県の黒部ダムは堤高186メートルと日本一の高さを誇りますが、堤体積はおよそ158万立方メートル。重力式だったらこの倍以上のコンクリートが必要になっていたはずです。
問題は、力を逃がす先である岩盤に、極端な強度が要求されること。両側の山腹が脆ければ、水圧で岩ごと押し出されてしまう。だから建設地点はかなり限定されます。
実際、アーチダムの安全性が問われた事件があります。1959年、南フランスのマルパッセ・ダムが決壊し、500人前後の死者・行方不明者を出しました。この事故を受けて、当時建設中だった黒部ダムには世界銀行から調査団が派遣され、設計変更を余儀なくされています。両翼に重力式の「ウィングダム」を加え、岩盤の弱さを補う構造になった——黒部ダムを厳密に「アーチ式」と呼んでよいかには議論があり、現在ではコンバインダムに分類されることもあります。
ロックフィル——岩を積んで、面で支える
三つ目はコンクリートを主役にしないダムです。
ロックフィルダムは、岩石や砂利、土を盛り立てて造ります。読んで字のごとく、岩でフィル(埋める)したダム。水を通さないための遮水ゾーンを内部に設けて、その周りを岩や砂で固める仕組みです。
形は台形に近く、底面積がとにかく広い。重力式が「縦の重さ」で支えるのに対し、ロックフィルは「広い底面で重量を分散させる」構造です。このため、比較的軟弱な地盤でも建設できる。コンクリートダムを諦めざるを得ない場所で、もうひとつの選択肢になります。
岐阜県の御母衣ダムは、日本における大規模ロックフィルダムの先駆けです。当初は高さ120メートルの重力式コンクリートダムとして計画されていたのですが、現場一帯は断層が多く、崩落も激しい地質だった。1585年の天正地震では、ダム地点の直下にあった帰雲城が山ごと崩れて埋没し、城主一族が全滅したという過去まである土地です。コンクリートで踏ん張る方針が地質と噛み合わず、最終的にロックフィルへと舵を切り、1961年に堤高131メートルで完成しました。
ちなみに、ロックフィルダムには資材を遠くから運べないという制約があります。膨大な量の岩石を使うので、建設地の近くに採取できる山がないと成立しない。「地元の岩で、地元のダムを造る」やり方です。
三つを並べてみると
ここで構造の違いを整理してみます。
- 重力式:自重で支える。形は三角形〜台形。万能だが大量のコンクリートが必要
- アーチ式:両岸の岩盤に力を逃がす。薄くて軽量だが、岩盤が強くないと造れない
- ロックフィル:岩石と土で広い底面を作り重量を分散。軟弱地盤でも可だが、近くに資材が必要
つまり、ダムの形式は「どこに、どんな地盤で建てるか」で決まります。設計者が好みで選んでいるわけではなくて、その場所の地質が形を決めている、と言ったほうが正確です。
それぞれが「美しい理由」
おまけに、見た目の話を少しだけ。
アーチダムが下から見上げると優美なのは、薄い堤体が曲面を描いているからです。重力式ダムの圧倒的な存在感は、純粋に巨大な質量の威圧感です。ロックフィルダムは岩肌の質感がそのまま表に出るので、近づくと岩山が迫ってくるような印象になる。
機能から形が決まり、形から印象が決まる。「力をどう逃がすか」という設計思想の違いが、そのまま景観の違いになっている——土木構造物の面白さは、たぶんこのあたりにあります。
参考・出典
- 農林水産省「構造の違いに注目!ダムにはいろんな個性がある」 https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2409/spe1_02.html
- 関西電力「ダムの種類|水力発電の概要」 https://www.kepco.co.jp/energy_supply/energy/newenergy/water/shikumi/dam.html
- 国土交通省 北海道開発局 札幌開発建設部「ダムにはどんな種類があるの?」 https://www.hkd.mlit.go.jp/sp/yuubari_damu/kluhh4000000ievn.html
- Wikipedia「黒部ダム」 https://ja.wikipedia.org/wiki/黒部ダム
- Wikipedia「御母衣ダム」 https://ja.wikipedia.org/wiki/御母衣ダム
画像指示
[IMG-01] 種別:インフォグラフィック 場所:導入直下 内容:重力式・アーチ式・ロックフィルの三型式を横並びで断面図化し、それぞれ「力の逃がし方」(自重で支える/両岸の岩盤へ/広い底面へ分散)を矢印で示す 素材:Gemini等で生成 備考:横型レイアウト推奨。テキスト最小限、矢印と形状で違いが直感的に伝わるもの
[IMG-02] 種別:写真 場所:「アーチ式——岩盤に押し返してもらう」セクション内 内容:黒部ダムを下流側から見上げた、アーチ形状がよくわかる構図 素材:Wikimedia Commons(検索キー:Kurobe Dam) 備考:パブリックドメインまたはCC-BYのもの
[IMG-03] 種別:写真 場所:「ロックフィル——岩を積んで、面で支える」セクション内 内容:御母衣ダム、もしくは他のロックフィルダムの堤体下流面の岩肌が広がる構図 素材:Wikimedia Commons(検索キー:Miboro Dam / rockfill dam Japan) 備考:堤体表面の「リップラップ」の質感が伝わるもの


