トンネルはどうやって掘るのか——山岳・都市・海底、三つの掘り方

技術

通勤の地下鉄でも、新幹線でも、トンネルに入った瞬間に何かを考える人はあまりいないと思います。窓の外が暗くなって、耳が少しつんとして、それで終わり。でもあの壁の向こう側、ほんの数十センチ先の土や岩は、場所によってまったく違う方法で抑え込まれています。

掘り方は、大きく三つに分かれます。山を貫くトンネルは、爆破したうえで、地面そのものに支えさせます。都市の地下では、機械の盾に守られながら、壁を組み立てつつ進みます。そして海の底には——そもそも「掘らない」という選択肢まであります。

順番に見ていきます。

地山に支えさせる

山岳トンネルの現在の標準は、NATM(ナトム)と呼ばれる工法です。New Austrian Tunnelling Method、直訳すれば「新オーストリアトンネル工法」。1960年にオーストリアの技術者ラブセビッツが提唱しました。

名前は地味ですが、発想はちょっと逆説的です。トンネルというと、頑丈なコンクリートの壁が土の重さを押し返している図を思い浮かべます。NATMは逆で、福岡市交通局の資料では「トンネル周囲の地盤がトンネルを支えようとする保持力(グランドアーチ)を利用する」工法と説明されています。穴を開けると、まわりの地面は崩れようとする一方で、力の流れがアーチ状に穴を迂回しようともします。この、地面が自分で踏ん張る力を最大限に使うわけです。

手順はこうです。まず切羽(きりは)と呼ばれる掘削面を発破や機械で掘り、土砂を運び出します。ここからが勝負で、岩盤がゆるみきる前に鋼製の支保工を建て込み、コンクリートを壁面に吹き付けて素早く固める。さらにロックボルトという数メートルの鋼棒を放射状に岩盤の奥へ打ち込みます。ゆるみかけた表面の岩を、奥の安定した岩盤へ縫い止めるイメージです。

これを数メートルごとに繰り返しながら、地質を観察し、トンネルの挙動を計測し、その結果を設計に反映させ続けます。掘る前にすべてを決めてしまわないのが特徴です。

日本での初採用は1977年、上越新幹線の中山トンネルでした。膨張性地圧という、地盤がトンネルを締めつけてくる難所で成功を収め、福岡市の資料によれば1980年頃には早くも山岳トンネルの標準工法になっています。いまでは山だけでなく、京都市営地下鉄東西線の山科の山の下のように、都市の地下にもぐる区間でも使われるようになりました。

フナクイムシと四角い盾

軟らかい地盤では、この「地山に支えさせる」前提が崩れます。都市の沖積層や川の下では、地面はアーチを組んでくれません。掘ったそばから崩れ、水が吹き出してきます。

ここで登場するのがシールド工法です。土木学会の解説ページによれば、発明したのはイギリスの技師ブルネル。ヒントになったのは、フナクイムシという、木造船の船底を食い荒らす生き物でした。フナクイムシは木を食い進みながら、石灰質の分泌物で通り道の壁を固めていきます。掘ると同時に壁を作る——この虫のやり方を、ブルネルはそのまま土木技術に翻訳しました。

1818年に特許を取り、1825年、ロンドンのテムズ川の下で工事が始まります。ただ、この世界初の挑戦は壮絶でした。ブリタニカの人物伝によれば、1828年の突然の浸水では、現場を指揮していた息子のイザムバード・キングダム・ブルネルが重傷を負い、工事は資金難も重なって7年間も中断します。完成は1842年、開通は翌1843年。着工から18年がかりです。

ブルネルのシールド(盾)は四角い枠でしたが、のちにグレートヘッドという技師が、圧力に強い円形へ改良しました。ブリタニカによれば1874年には圧縮空気で水を押し返す方法も加わり、以後、円形シールドが標準になります。

現代のシールドマシンは、円筒形の機械の前面でカッターを回して土を削り、ジャッキで自分を前へ押し出し、機械の後部でセグメントと呼ばれるコンクリートや鋼のブロックをリング状に組み立てて、壁を作りながら進みます。京都市交通局の解説では、地下鉄東西線が鴨川の下を横断する区間にこの工法が使われたとあります。掘ると同時に壁ができるので、軟弱地盤でも、建物の真下でも掘ることができます。

日本初のシールドトンネルは1917年(大正6年)、秋田県の羽越線折渡トンネルだそうです。いまでは東京の地下鉄も下水道も道路もシールドだらけで、東京湾アクアラインでは直径14.4メートルという巨大なマシンが海の下を掘りました。

青函トンネルは「山岳工法」で掘られた

では、海底トンネルには海底専用の掘り方があるのでしょうか。調べていて意外だったのは、ここでした。世界最長級の海底トンネルである青函トンネル(53.85キロ)は、シールドマシンで掘られていません。火薬と薬液で掘り進む、山岳工法です。

鹿島建設の建設博物誌によれば、津軽海峡の海底は地質が複雑すぎて、シールド工法では対応できなかったといいます。代わりに採られたのが、止水注入工法を組み合わせた山岳工法でした。掘る前に、前方の地盤へセメントと水ガラスを高圧で注入し、湧水の通り道をふさいで地盤を固め、固めてから掘る——その繰り返しです。鉄道チャンネルのコラムには関係者の回想が載っていて、工事全体のうち止水に6割、実際の掘削は4割という時間配分だったと紹介されています。掘るより、固めるほうが長い。

海底部23.3キロには、列車が走る本坑のほかに、先進導坑と作業坑という別のトンネルが掘られました。先進導坑は本坑より先に進んで地質と湧水を探る、いわば偵察役です。

それでも、海は何度も突き抜けてきました。工事中の大出水は4度。鉄道チャンネルの同じコラムによれば、1976年5月の出水では毎分85トンの海水が噴き出し、作業坑3,015メートルと本坑1,381メートルが水没しています。排水し、止水をやり直しては、また進む。最深部は海面下240メートル、1964年の着手から1988年の開業まで四半世紀近くかかりました。ブリタニカは、この工事で34人が命を落としたことを記しています。

鉄道・運輸機構のページを見ると、吹付けコンクリートのトンネル工事への応用や、注入の設計・施工法など、青函で使われた技術はのちに技術賞を受けています。

掘らずに沈める

海底にはもう一つ、まったく別の発想があります。掘らないのです。陸上で作ったトンネルを、海の底に沈めます。

沈埋(ちんまい)工法と呼ばれます。トンネルを箱状の「函(沈埋函)」に分けてドックで製作し、両端にふたをして船で曳航し、あらかじめ掘り下げておいた海底の溝へ1函ずつ沈めてつないでいきます。つなぎ終えたらふたを外して、中を通れるようにする仕組みです。

近年の代表例が、イスタンブールのボスポラス海峡を横断する鉄道トンネル「マルマライ」です。笹川平和財団海洋政策研究所のニュースレターによれば、海峡部の沈埋トンネルは長さ99〜135メートル、幅15メートル、高さ8メートルの函が全部で11函。最大設置水深は60メートルで、沈埋トンネルとしては世界最深です。しかもボスポラス海峡は、表層と底層で流れの向きが逆という二層流。1函の沈設には連続36時間かかり、潮流が弱まる条件を選んで作業されました。沈設が完了したのは2009年、開通は2013年10月29日。施工には日本の建設会社が中核として関わっています。

ちなみに、水の下を通った最古のトンネルも、発想としてはこの親戚でした。ブリタニカによれば、古代バビロンでは紀元前2180年頃、ユーフラテス川の下に約900メートルの煉瓦張りの通路が作られています。川の流れを付け替え、干上がった川底を開削して、構造物を作ってから埋め戻したとされています。4,000年以上前の水底トンネルも、答えは「掘らないこと」でした。

トンネルで耳がつんとするとき、その壁の向こうでは、岩盤がアーチを組んでいるか、コンクリートのリングが水圧を受け止めているか、それとも函がただ静かに海底に座っているか——そのどれかです。

参考・出典

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