スマートフォンの地図がさっと現在地を映すのを、私たちはもう当たり前だと思っています。ですがその精度を支えているのは、上空およそ2万キロメートルを飛ぶ衛星の、ひどく几帳面な時計です。しかもその時計は、打ち上げ前からわざと「狂わせて」設定されています。地上で正確に時を刻む原子時計を、そのまま軌道に上げると、かえって正しく動かない。理由は、アインシュタインの相対性理論にあります。
GPSがなぜ「ずれる」のか。そして、なぜ実際にはほとんどずれずに済んでいるのか。鍵は、衛星に積まれた時計の進み方にあります。
位置は、時刻の引き算で決まる
GPSの位置決定は、つきつめれば時刻の引き算です。それぞれの衛星は「いま何時何分何秒」という時刻情報を電波に乗せ、発信し続けています。受信機はその電波が届くまでにかかった時間を測り、光の速さを掛けて、衛星までの距離を割り出します。三つの衛星までの距離が分かれば位置が絞り込め、四つ目の衛星で受信機側の時計の誤差まで補正できる——おおまかにいえば、そういう仕組みです。
ここで効いてくるのが、光の速さです。電波は1秒間に約30万キロメートル進みますから、1ナノ秒——10億分の1秒——でおよそ30センチメートル。時計が1ナノ秒ずれれば、位置は30センチずれる計算です。だからGPS衛星は、数千万年に1秒という途方もない精度の原子時計を積んでいます。ところが、その自慢の時計が、軌道に乗ったとたんに地上の時計とずれていくのです。
速く動く時計は、遅れる
一つ目の原因は、速さです。GPS衛星は秒速約4キロメートル、時速にすれば約1万4000キロメートルで地球を回り、1日に2周ほどしています。特殊相対性理論によれば、速く動く物体ほど時間の進み方は遅くなる。地上から見ると、高速で飛ぶ衛星の時計は、自分の時計よりわずかに遅れていきます。その差は1日あたり約7マイクロ秒。
これだけなら話は単純なのですが、現実にはもう一つ、ちょうど逆を向いた効果が重なります。
高いところでは、時間が速く進む
二つ目は、重力です。一般相対性理論では、重力が強い場所ほど時間がゆっくり進み、弱い場所では速く進みます。標高2万キロメートルの軌道は、地表よりずっと重力が弱い。ですから衛星の時計は、地上の時計より速く進みます。その分が1日あたり約45マイクロ秒。先ほどの「遅れ」を打ち消して、なお余ります。
この効果は、何も宇宙まで行かなくても確かめられます。2020年、東京大学の香取秀俊教授と理化学研究所などのチームは、持ち運べる「光格子時計」を2台つくり、1台を東京スカイツリーの地上階に、もう1台を地上450メートルの展望台に置きました。発表によれば、展望台の時計は地上より1日あたり4.26ナノ秒だけ速く進んでいた。しかも、その差から逆算した高低差は452.6メートルで、国土地理院のレーザー測量とミリ単位で一致したといいます。たった450メートルの高さでこれだけ差が出るのなら、2万キロ上空の衛星では推して知るべし、ということになります。使われた光格子時計は、100億年たっても1秒もずれない精度を持つといいます。
差し引き、1日38マイクロ秒
整理すると、特殊相対論で1日に約7マイクロ秒遅れ、一般相対論で約45マイクロ秒進む。差し引きすると、衛星の時計は地上より1日あたり約38マイクロ秒速く進むことになります。名古屋大学宇宙地球環境研究所の解説でも、このずれをおよそ38マイクロ秒としています。
38マイクロ秒は、人の感覚ではないに等しい時間です。けれど光の速さで距離に直すと、話が変わってきます。1マイクロ秒で約300メートル。38マイクロ秒なら、位置にして1万メートル——10キロメートルを超えます。補正しなければ、GPSは1日でこれだけずれていく。数日も放っておけば、地図の上の自分は隣町どころの話ではありません。
ではどう補正しているかというと、いたって物理的です。衛星に積む原子時計を、地上であらかじめ少し遅らせて設定しておくのです。FURUNO(古野電気)の技術コラムによれば、基準周波数は本来10.23メガヘルツのところを、10.2299999954326メガヘルツに調整して打ち上げます。割合にすると、100億分の4.4647ほど遅らせてある。軌道に乗れば相対論の効果でちょうど速まり、結果として地上の10.23メガヘルツと同じ歩調で時を刻む、という算段です。
おもしろいのは、この「ずらし量」が衛星ごとに違うことです。同じコラムは、日本の準天頂衛星みちびき(QZSS)を引き合いに出しています。みちびきは高度が約4万キロメートルと高く、オフセットは100億分の5.399とGPSより大きい。高度が変われば速度と重力のバランスも変わり、そのつど補正値を計算し直さなければならないからです。遠い理論のはずの相対論が、衛星ごとに桁の決まった設定値として現場にあらわれます。
相対論だけがずれの原因ではない
公平のために付け加えると、GPSの誤差を生むのは相対論だけではありません。電波が大気の電離層や対流圏を抜けるときの遅れ、ビルや山に反射した電波が混じるマルチパスなど、原因はいくつもあります。ただしそれらは受信側の工夫や複数周波数の利用で対処するもので、衛星の時計そのものにあらかじめ織り込んでおく相対論補正とは、性格が違います。系統的で、計算で正確に見積もれて、しかも放っておくと際限なく積み上がる。そこが相対論的なずれの、いちばん厄介なところです。
理論が、機械の設計図に載るまで
特殊相対性理論が世に出たのが1905年、一般相対性理論が1915年。一方、GPSの開発が本格化するのは1970年代から80年代にかけてで、原子時計を積んだ試験衛星NTS-2が打ち上げられたのが1977年でした。理論が生まれてから、それが現実の機械の設計に組み込まれるまで、ざっと70年。開発の初期には、相対論の補正など本当に要るのかと半信半疑の声もあったと伝えられます。実際に衛星を上げてみて、理論どおりに時計がずれていくのが確かめられたわけです。
いまでは、相対論補正はGPSの設計に最初から組み込まれています。地図アプリの青い点が当たり前に現在地を指すたび、その裏では衛星の時計が、相対論のぶんだけきっちりずらして時を刻んでいます。アインシュタインの理論は、もう実験室の中だけのものではありません。
参考・出典
- 福山武志「GPSの特殊および一般相対論的補正について」システム/制御/情報 51巻6号(2007年) https://www.jstage.jst.go.jp/article/isciesci/51/6/51_KJ00004611606/_article/-char/ja/
- Neil Ashby, “Relativity in the Global Positioning System,” Living Reviews in Relativity 6 (2003) https://eudml.org/doc/232317
- 18桁精度の可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功〜東京スカイツリーで一般相対性理論を検証〜 | 科学技術振興機構(サイエンスポータル) https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20200407_01/index.html
- 電波50のなぜ|30. GPSにはアインシュタインの相対性理論が使われている? | 名古屋大学宇宙地球環境研究所 https://www.isee.nagoya-u.ac.jp/50naze/denpa/30.html
- Time Progressing with a Speed Difference of Just 4.4647 Ten-Billionths! | 古野電気(FURUNO)GNSSコラム https://www.furuno.com/en/gnss/column/202411_01


