夏から秋にかけて、台風は毎年のように日本へやってきます。天気予報の進路図を眺めていると、南の海でふらふらと向きを変え、あるとき急にカーブを切って日本列島へ突っ込んでくる。あの曲がりくねった線は、いかにも気まぐれに見えます。
けれど、台風はでたらめに歩いているわけではありません。進路はおおむね、地球規模の大きな大気の流れに支配されています。なぜ日本へ来るのか、そしてなぜ夏と秋でコースが変わるのか。そこには、いくつもの風と、台風自身のクセが絡んでいました。
まず、台風はどこで生まれるか
台風とは、気象庁の定義では、北西太平洋や南シナ海にあって、中心付近の最大風速がおよそ毎秒17メートル以上にまで発達した熱帯低気圧のことです。赤道より北、東経180度より西の暖かい海。そこが台風のふるさとです。
エネルギー源は、海から立ちのぼる水蒸気でした。暖かい海面から供給された水蒸気が上空で凝結して雲粒になるとき、熱を放出します。その熱が空気を温め、上昇気流を強め、渦をいっそう発達させていく。気象庁の説明によれば、だからこそ台風が陸に上がったり冷たい海域に出たりして水蒸気の供給を断たれると、急速に衰えます。上陸した台風が足早に勢力を落とすのは、このためです。
三つの風に流される
生まれた台風は、自分の意思で進む先を選べるわけではありません。まわりの大きな風に乗って運ばれていきます。気象学会の解説では、こうして台風を流す周囲の大規模な大気の流れを「環境指向流」、あるいは単に指向流と呼んでいます。日本へ来る台風の道筋は、ざっくり三つの風で説明できます。
低緯度の貿易風が、まず台風を西へ運びます。赤道に近い海では東から西への風が卓越していて、生まれたての台風はこれに乗る。そのまま進めば、行き先はフィリピンや中国大陸の方角です。
ところが、日本の南東には夏の主役、太平洋高気圧が居座っています。縁を時計回りに風が吹いているため、西進してきた台風は高気圧の壁を越えられず、へりに沿って南から北へと回り込む。進路図でおなじみのあのカーブは、たいていこの高気圧のへりをなぞった跡です。
北上した先で待っているのが、偏西風でした。中緯度の上空を、西から東へきわめて強い流れが走っています。台風が北緯30度のあたりまで上がってこの流れに捕まると、進路を東向きに大きく折り曲げ、加速しながら日本へ近づく。この曲がり角を転向点と呼びます。
台風は自分でも動く
ここまでは「風に流される」話でした。けれど台風は、まわりの風がまったくなくても、実はじっとしていません。自分で北西へにじり寄っていく性質を持っています。私はこれを知ったとき、台風が単なる風まかせの渦ではないのだと、少し見方が変わりました。
これはベータ効果、あるいはベータドリフトと呼ばれます。コトバンクの解説によれば、地球の自転がもたらすコリオリの力は、緯度によって強さが変わります。この南北差のせいで、台風という大きな渦は、東側と西側で渦の巻き方に偏りが生じ、結果として北半球では北西から北北西へ、毎時数キロほどの速さでひとりでに動いていく。指向流という大きな流れに、この自走ぶんが上乗せされるわけです。
おもしろいのは、この効果が効く場面です。低緯度では、まわりを流す一般の風がもともと弱い。だから、台風自身の北西へ向かうクセが相対的に大きく顔を出します。生まれたての台風が、貿易風だけでは説明しきれないほど北寄りへ食い込んでいくのには、こうした事情も混じっています。
夏と秋で道が変わる
同じ日本接近でも、夏の台風と秋の台風では、道のたどり方がずいぶん違います。鍵を握るのは、やはり太平洋高気圧の位置です。
夏は、太平洋高気圧が元気よく本州のあたりまで張り出します。台風はその分厚い壁を避けて、西寄りのコースを取りがちです。しかも偏西風はずっと北、北海道よりさらに高いところを吹いていて、日本付近の上空は風の流れがはっきりしません。ウェザーニュースの解説でも、夏台風は台風を動かす風が一定せず、ノロノロと迷走することが多いと説明されています。
秋になると、状況が入れ替わります。太平洋高気圧は勢力を弱めて南東へ後退し、入れ替わるように偏西風が本州付近まで南下してくる。すると、北上してきた台風はこの偏西風につかまり、スピードを上げて北東へ駆け抜けるようになります。やっかいなのは、秋の台風がしばしば夏より強いことです。日本近海の海水温は、夏よりむしろ秋のほうが高いことが多く、北上の途中でも発達しやすい。おまけに足が速いと、台風自身の風に移動の速度が上乗せされて、進行方向の右側がとりわけ強く吹きます。
その怖さを刻みつけたのが、1959年9月の伊勢湾台風でした。南の海上から北上して紀伊半島に上陸し、本州を縦断していった、まさに秋台風の典型です。上陸時の中心気圧は929ヘクトパスカル、本州に上陸した台風としては今も史上最強とされます。名古屋港を襲った高潮は平均海面から3.89メートルにも達し、流れ出した大量の木材が住宅地を押しつぶしました。犠牲者は死者・行方不明あわせて5,000人を超えます。
春や冬には来ない理由
では、なぜ春や冬の台風はあまり日本へ来ないのでしょうか。発生そのものは、実は一年を通してあります。
気象庁の平年値(1991年から2020年の統計)を見ると、年間の発生数は25.1個、そのうち日本へ接近するのが11.7個、上陸するのは3.0個です。月で追うと、発生は8月の5.7個と9月の5.0個がとびぬけて多く、上陸も9月が最多。台風の活動は7月から10月の4か月に、年間の発生のおよそ7割、上陸では9割近くが集中しています。冬や春に生まれる台風は数が少なく、しかも生まれる場所が南に寄っています。
数の問題だけではありません。寒い季節は、台風を日本へ導く気圧配置がそろわない。太平洋高気圧が日本から遠ざかっているので、へりを回って北上するコースに乗りにくいのです。仮に北上しても、低い緯度を流れる偏西風にさらわれ、日本に届く前に東の海上へ押し流されてしまう。冬に来ないのは、台風が冬を避けているからではありません。運んでくれる風の配置が、整わないだけです。
台風が毎年だいたい同じ季節にやってくるのは、その時期にだけ、西へ流す風と、北へ回す高気圧と、東へ折り曲げる偏西風がそろって並ぶからでした。並びが崩れれば、同じ台風でも日本には来ません。
参考・出典
- 気象庁「台風とは」 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/1-1.html
- 気象庁「台風の発生数・接近数・上陸数の平年値」 https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typhoon/statistics/average/average.html
- 日本気象学会『天気』「熱帯低気圧の移動と指向流」 https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2013/2013_02_0045.pdf
- ウェザーニュース「秋台風はなぜ怖い? 進路や速さに注意」 https://weathernews.jp/news/202509/150136/
- コトバンク「ベータ効果」 https://kotobank.jp/word/ベータ効果-1411296
- Wikipedia「伊勢湾台風」 https://ja.wikipedia.org/wiki/伊勢湾台風


