「東西南北」。子どものころに四方位をまとめて覚えたとき、たいていこの順で口にしたはずです。とうざい・なんぼく、と2拍に区切ると、なんとなく語呂もいい。
ところが、この並び順は世界のどこでも同じ、というわけではありません。英語で四方位を挙げるときは North, East, South, West と、北から始まって時計回りに回します。麻雀の牌に至っては「東南西北(トン・ナン・シャー・ペー)」で、東西南北とは南と西が入れ替わっています。同じ四つの方向を指しているのに、どこから数え、どう並べるかは、言語や文化によってけっこう違うのです。
四方位という、これ以上ないほど普遍的に見える概念。その呼び名と並び順をのぞいてみると、それぞれの文化が何を手がかりに方角を捉えてきたのかが透けて見えてきます。
東から始まる
「東西南北」という四字熟語は、もともと漢語です。中国語でもほぼ同じ字順で「东西南北」と書き、四方を指します。Weblioの日中辞典を引くと、これと並んで「东南西北」という言い方も載っていて、どちらかだけが正統というわけではないようです。
ただ、東から始める感覚そのものは、古代中国の方位観と深く結びついています。米ペンシルベニア大学の言語学者ヴィクター・メイア氏が運営する言語ブログ「Language Log」の解説によれば、黄河流域に暮らした古代の人々にとって、南は陽の当たる暖かい方向、北は背後の寒く暗い方向でした。皇帝は南を向いて座り、これを「南面」と呼ぶ。羅針盤も中国では「指南針」、つまり南を指す針として捉えられてきました。西洋では同じ針を「北を指すもの」と見るのと、ちょうど裏返しの関係です。
ここで一つ気づくことがあります。日本語では中間の方位を「北東」「北西」と、北を先に言います。けれど中国語は「東北」「西北」と、東西を先に置く。メイア氏は、日本語や韓国語が北を先に立てる言い方を採るようになったのは、近代に西洋式の表記へ寄せた結果だろうと指摘しています。「東北地方」「東南アジア」のように、日本語にも東西を先に立てる古い言い方が残っているのは、その名残と見ることができます。
ひがし・にし——太陽の通り道
漢語の「東西南北」とは別に、日本語には「ひがし・にし・みなみ・きた」という訓読み、つまり和語の方位名があります。こちらの語源をたどると、少なくとも東と西については、太陽の動きがくっきり刻まれています。
「ひがし」は、より古くは「ひむかし」「ひんがし」という形でした。これを「日に向かう方向」と説く点では、辞書のあいだでもおおむね一致しています。語尾の「し」を「あらし(嵐)」などと同じ風を表す語と見て、「日向かう風=ひむかし」と解する説もあります。いずれにせよ、太陽が昇ってくる方向であることは動きません。
おもしろいのは「にし」のほうです。これも太陽がらみで、「日が去にし(いにし)方」、つまり太陽が去っていく方向だとする説があります。過去を表す「いにしえ(古)」と同じ「去ぬ」の系統だというわけです。日が昇る方が東、沈んで去る方が西。
英語でも事情はよく似ています。語源辞典 etymonline によれば、east は「太陽が昇る方向」を意味する古い語に遡り、さらに「夜明けに輝く」という印欧祖語の語根につながります。曙の女神の名と同じ根です。一方の west は「太陽の沈む側」を指す系統。洋の東西を問わず、東と西はまず太陽の出入りで名づけられた——ここは気持ちよく揃います。
みなみ・きたは、語源がはっきりしない
問題は、残る二つです。
正直なところ、調べる前は「みなみ」も「きた」も、東西と同じように一つの説ですっきり片づくと思っていました。ところが辞書を引き比べてみると、説がまるで揃わない。むしろ「未詳」「決め手を欠く」とはっきり書いてある。
「みなみ」について、語源由来辞典は複数の説を並べています。「皆見(みなみ)=皆が見る方向」とする説、「海の見(みのみ)=海が見える方」とする説、「神祈む(かみなむ)」に関わるとする説、太陽に関わる「日並(ひなみ)」由来とする説。コトバンクで『日本大百科全書』を引くと、江戸の学者・新井白石の「ミノミ(海の見えし方)」説や、谷川士清の「皆見ゆの義」説が紹介されています。漢字の「南」のほうは、鐘のような楽器をかたどった象形文字だとされていて字源はわりに定まっているのですが、和語の「みなみ」という音がどこから来たのかは、いまだ藪の中です。
「きた」はさらに賑やかです。コトバンクに収められた『精選版 日本国語大辞典』や『字通』などを横断して見ていくと、漢字「北」はそもそも二人が背を向け合った形で、原義は「背」。太陽の当たる南に背を向けた方向だから北、という説明が出てきます。敗れて背を向けて逃げることを「敗北」と言うのも、この字義の名残です。ただ、和語の「きた」の語源となると、背を向ける方向だとする説のほかに、清らかな南の反対で「きたなし(穢し)」に通じるとする説、「堅塩(きたし)」に由来するとする説、冬至を境に太陽が「来たる」方向だとする説まであって、辞典ごとに並べる説が違います。
ついでに言えば、方言まで含めるとさらにややこしくなります。国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、沖縄の古い言葉では「北」を「にし」と読むという例についての調査回答が残っていました。本州で「西」を指す音が、沖縄では「北」を指す。同じ和語が、土地を移ると別の方角を向いてしまうのです。
英語は北から数える
西洋に目を移します。英語で四方位を順に挙げると North, East, South, West。北を起点に、時計回りです。
これは方位の測り方とぴったり対応しています。方位角は北を0度として時計回りに数え、東が90度、南が180度、西が270度。北という固定点を出発点にぐるりと一周する仕組みです。日本語の「東西南北」が太陽の通り道(東西)をまず引くのに対し、英語は北という一点を基準に円を描く。
では、なぜ北なのか。
地図の上が北になるまで
今でこそ地図は北が上、と決まっているように感じます。けれど、これも昔からの当然ではありませんでした。
手がかりになるのが、英語の orient という単語です。etymonline によれば、orient はラテン語で「太陽が昇る方向=東」を指す語に由来します。地図や自分の向きを「定める」ことを英語で orient と言うのは、もともと「東に向ける」という意味だったから。中世ヨーロッパの世界地図、いわゆるマッパ・ムンディやTO図は、キリスト教の世界観のもとで楽園エデンがあるとされた東を上に描いていました。地図を正しく置くこと、それは東を上にすることだったのです。
では、いつ北が上になったのか。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の地理学の解説によると、北を上・東を右に置く方式は古代の天文学者プトレマイオス(2世紀)に遡り、その『地理学』が中世末のヨーロッパで再発見されて広まったとされます。さらに磁気コンパスの普及で、針が北を指すことから北上の配置が後押しされ、1569年のメルカトルの世界地図が北上をほぼ決定づけました。あとは印刷術と、大航海時代以降のヨーロッパ製の地図が世界中に出回ったことで、「北が上」が事実上の標準になっていきます。
逆に言えば、標準ができる前は文明ごとにてんでんばらばらでした。コンパスを生んだ中国では、聖なる方向である南を上に描いた地図が珍しくありません。イスラム圏には南を上にしたものがあり、ヨーロッパのTO図は東が上。どちらを上にするかは地理ではなく、その文化が何を大事にしたかの問題だったわけです。英語が北から方位を数えるのも、北を基準に据えたこの地図の伝統と地続きです。
麻雀の東南西北
最後に、冒頭でふれた麻雀にも一言だけ。
麻雀の風牌は「東南西北」の順で、東西南北とは並びが違います。これは方位の順ではなく、風位の格の順なのだそうです。東がいちばん上位で、南、西、北と下っていく。卓上での席順や局の進行がこの順に従うので、方角としての「東西南北」とは、そもそも別の論理で並んでいます。
「とうざい・なんぼく」と2拍で唱えるあの並びは、世界に一つだけの正解ではありませんでした。太陽を追った言葉、北という一点を据えた言葉、席次で並べた遊び。どこから数え始めるかは、その土地が空のどこに目を向けてきたかで、ばらばらに決まってきたのです。
参考・出典
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「東西南北の方言での読みとその語源について知りたい」 https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000085384\&page=ref_view
- コトバンク「北」(精選版 日本国語大辞典・字通・改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/北-50787
- コトバンク「南」(日本大百科全書・字通) https://kotobank.jp/word/南-586920
- University of California, Santa Barbara, Department of Geography「Why is North Up on Maps?」 https://legacy.geog.ucsb.edu/why-is-north-up-on-maps/
- Geography Realm「Map Orientation」 https://www.geographyrealm.com/map-orientation/
- Language Log (University of Pennsylvania), Victor Mair「North, south, east, west」 https://languagelog.ldc.upenn.edu/nll/?p=12631
- Online Etymology Dictionary「orient」 https://www.etymonline.com/word/orient /「east」 https://www.etymonline.com/word/east
- 語源由来辞典「南/みなみ」 https://gogen-yurai.jp/minami/


