街を歩けば、あちこちにコンクリートの建物が立ち並んでいる。橋、トンネル、マンション——いずれも頑丈な印象を受けるが、その耐用年数は一般に50年から100年程度とされている。鉄筋コンクリート造の建物が、わずか数十年で修繕を必要とするようになることも珍しくない。
ところが、2000年以上前に建てられたローマの建築物は、今も崩れずに立っている。パンテオンのドーム、ポン・デュ・ガール水道橋、トラヤヌスの市場——これらはローマン・コンクリートという古代の素材によって造られ、現代の技術で作られたものより長持ちしている。なぜ古代の素材のほうが、より長く耐えられるのか。
ローマン・コンクリートとは何か
ローマン・コンクリートとは、古代ローマ時代に広く用いられた建設材料の総称である。その主成分は、火山灰(ポッツォラーナ)、石灰、火山岩、そして海水だ。ナポリ近郊のヴェスヴィオ山周辺で採れるポッツォラーナは、シリカとアルミナを豊富に含む火山性の粉末で、石灰と反応すると水中でも固まる性質を持つ。
この素材の価値は、紀元前25年頃に技術者ウィトルウィウスが著した『建築十書』にも記されている。「自然のままで驚くべき効果を生じる一種の粉末がある。ポッツォラーナである。……これと石灰および割石との混合物は、建築工事に強さをもたらすだけでなく、突堤を海中に築く場合にも水中で固まる」——この記述は、ローマ人が経験的にこの材料の特性を把握していたことを示している。
現代のコンクリートの主原料はポルトランドセメントで、その硬化は水との化学反応(水和反応)によって数時間から数日で進む。一方、ローマン・コンクリートはポッツォラーナ反応と呼ばれる緩やかな反応によって固まり、長期にわたって強度を増し続ける。初期強度は現代のコンクリートより低いが、時間の経過とともに内部が緻密になっていくという異なる挙動を示す。
謎を解いた「欠陥」——石灰の塊が果たす役割
長年、研究者を悩ませてきた謎がある。ローマ時代の建造物のコンクリートを調べると、表面や断面にミリメートル大の白い斑点が散らばっている。従来、これは材料をよく混合できなかった「施工の失敗」と解釈されていた。
2023年1月、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学の研究チームは、査読付き学術誌『Science Advances』にこの問題への答えを発表した。白い斑点は「ライムクラスト(石灰の塊)」と呼ばれるもので、欠陥ではなくむしろコンクリートの耐久性を高める鍵だという。
研究チームによると、ローマ人は石灰岩を焼いて得た生石灰(酸化カルシウム)を、消石灰に変えずにそのままポッツォラーナや水と混合していた可能性が高い。生石灰は水と接触すると激しく発熱するため、この「熱混合」の過程でライムクラストが形成され、高温で強度の高いモルタルが生成されたと考えられる。
ライムクラストは確かにもろい。しかし、コンクリートにひび割れが生じた際、この部分が砕けて水と触れると、含まれるカルシウムが新たな炭酸カルシウムの結晶を形成し、徐々にひびを埋めていく。研究チームが実際に試したところ、生石灰を使ったローマ式のコンクリートブロックは、わざとひびを入れて水をかけると約2週間で自己修復された。現代式のコンクリートブロックでは修復は起きなかった。
海水が育てる鉱物——時間をかけて完成する構造
もう一つの特性は、海洋構造物で特に顕著に観察されている。
2013年から2017年にかけて、米エネルギー省ローレンス・バークレー国立研究所の研究チームは、イタリアの海底防波堤に残るローマン・コンクリートを採取し、シンクロトロンX線による精密分析を行った。そこで発見されたのが、アルミナ質トバモライトとフィリップサイトという2種類の希少鉱物結晶だ。
通常、トバモライトは高温・高圧の環境でしか生成されない。ところがローマン・コンクリートの中では、海水が火山灰を長い時間をかけて溶解することにより、これらの結晶が低温でも形成され続けていた。しかも、結晶はひび割れや空隙の内部で成長する性質を持ち、時間の経過とともに構造を緻密にしていく。つまり、海水はコンクリートの敵ではなく、強度を高める反応の媒体として機能していたのだ。
現代コンクリートはなぜ劣化するのか
現代の鉄筋コンクリートは、なぜ100年程度で限界を迎えるのか。その答えは「鉄筋」そのものに関わっている。
現代コンクリートはアルカリ性(pH12〜13程度)であり、この環境が鉄筋の表面に不動態皮膜を形成してさびを防ぐ。しかし空気中の二酸化炭素がコンクリートに浸入すると、表面から徐々に「中性化」が進む。中性化の速度は環境条件によって異なるが、かぶり厚さが3cmの場合、単純計算では60〜90年程度で鉄筋に到達するとされる。鉄筋周囲のアルカリ性が失われると不動態皮膜が壊れ、さびが広がり、膨張圧でコンクリートを内側から破壊していく。これが鉄筋コンクリートの典型的な終焉のシナリオだ。
ローマン・コンクリートには鉄筋がない。このため中性化が進んでもコンクリート自体の強度は維持される。一方で鉄筋がないぶん引っ張りや曲げに対する抵抗力は弱く、これがドームやアーチ構造という「圧縮力で支える」設計が多い理由でもある。
また、現代コンクリートとローマン・コンクリートでは製造と施工の思想が根本的に異なる。現代では工場で製造された生コンクリートをポンプで圧送して打設するため、流動性を確保する目的で水分量が多くなりがちだ。水分が多いと長期的な耐久性は低下する。海岸部などの過酷な環境では、寿命がさらに短くなることもある。
なぜ今も使われないのか
ローマン・コンクリートが現代建築の主流にならない理由は、性能の問題ではなく「設計思想と施工の仕組みの違い」にある。
第一に、硬化に時間がかかる。現代建設は短工期と大量生産を前提としており、数日で型枠を外せる現代コンクリートに対し、ローマン・コンクリートはポッツォラーナ反応が長期間続くため施工サイクルが組みにくい。
第二に、長期挙動の予測が難しい。建設基準は材料の強度や耐久性を数値で管理することを求めるが、ローマン・コンクリートは時間とともに特性が変化し続けるため、現代の品質管理体制になじみにくい。
第三に、火山灰の入手可能地域が限られる。高品質なポッツォラーナは地中海周辺の火山地帯で採れる素材であり、世界規模での使用には向かない。
東北大学の研究では、火山灰を現代コンクリートに混合すると、二酸化炭素が鉄筋に到達するまでの期間が通常の約1.7倍、塩分が到達するまでの期間が約1.2倍に延長されることが確認されている。ローマン・コンクリートの発想は、すでに現代でも「フライアッシュ」(石炭火力発電所の副産物灰)をセメントに混合する技術として部分的に応用されている。「ポゾラン活性」という専門用語の語源が「ポッツォラーナ」であることも、それを示している。
「速さ」と「寿命」のトレードオフ
ローマン・コンクリートをめぐる議論に繰り返し現れるのは、生存バイアスへの注意だ。今に残るパンテオンやコロッセオは、当時建てられた無数のコンクリート構造物の中でも特に品質が高く、特に大切に扱われてきたものだ。強いものだけが残っているから強く見える、という点は見落とせない。
それでも、なぜ現代のコンクリートが1000年単位の耐久性を持てないのかという問いは有効だ。その答えの一部は「速さのための水」にある。流動性を高めるために加えた水が、長期的には劣化の起点となる。ローマン・コンクリートのように時間をかけて施工すれば長持ちするが、現代社会の建設スピードには合わない。
別の言い方をすれば、現代は「100年単位で更新する」という設計思想を選択した。ローマは「1000年もつものを一度作る」という思想を持っていた。どちらが優れているかではなく、文明がその時代に何を優先したかが材料の寿命に反映されている。
その意味で、ローマン・コンクリートの研究は単なる歴史の発掘ではなく、現代の建設技術が立っている前提を問い直す鏡でもある。
参考・出典
- Business Insider Japan「古代ローマのコンクリートは現代のものより耐久性が高い…最新の研究でその謎を解明」 https://www.businessinsider.jp/article/264391/
- ニュースイッチ by 日刊工業新聞社「なぜ古代ローマ時代のコンクリート構造物は長持ちなのか、米大が解き明かしたこと」 https://newswitch.jp/p/35422
- note / E.Yasuda「コンクリートのローマ史」 https://note.com/cncrt/n/n390f7aceae65
- 大津生コンクリート協同組合「コンクリートの歴史」 https://www.otsunamakon.com/history
- 株式会社アールイーセントラル「コンクリート構造物の耐用年数はどれくらい?劣化の要因と長寿命化の対策を解説」 https://www.recentral.co.jp/blog/category2/192386


