神戸市垂水区の住宅街を歩いていると、家並みの向こうに、不自然なほど大きな丘が現れます。全長194メートル、兵庫県で最大の前方後円墳、五色塚古墳です。山陽電鉄の駅から歩いて5分ほど、舗装道路と線路に囲まれた一角に、それはあります。
おもしろいのは、その向きです。多くの古墳は平野や丘の上に静かに横たわっていますが、この墓は明石海峡を見下ろす台地の端に、まるで海をにらむように築かれています。なぜ、海のほうを向いているのか。
海峡をにらむ位置
目の前に広がるのは、明石海峡です。本州と淡路島がもっとも狭く近づくところで、瀬戸内海を行き来する船は、いやおうなくこの狭い水路を通ります。古代の海上交通でいえば、関所のような場所です。五色塚古墳は垂水丘陵の南の端、その海峡と行き交う船を真上から見下ろせる位置に据えられています。神戸新聞の記事は被葬者を、「明石海峡や周辺を支配していた、大和政権とも関係がある豪族の墓と考えられている」と紹介しています。
見せるための墓
いまでこそ緑の芝に覆われていますが、築かれた当時、墳丘の斜面はびっしりと葺石で覆われていました。日に照らされて白く光る三段の山が、海峡の高台にそびえていたわけです。海を行く船からは、さぞ目立ったでしょう。観光サイト Feel KOBE のコラムは、これを「周辺を治める豪族が周囲に権力を見せつけるためにつくった」という説として紹介しています。墓であると同時に、海に向けた巨大な看板でもあった、というわけです。
その石の数が、また尋常ではありません。兵庫県立考古博物館によれば、葺石はおよそ223万個、重さにして2784トン。各段と頂には、円筒埴輪が2200本ほど並んでいたと推定されています。
葺石は淡路島から
この大量の石が、対岸の淡路島から運ばれてきたと考えられています。海峡を越えて、何百トンもの石を船で運ぶ。その作業じたいが、海を使いこなす力なしには成り立ちません。
調べていて引き込まれたのは、この事実が『日本書紀』の記述と妙に響き合うことでした。神功皇后紀には、仲哀天皇の陵をつくるために「淡路島から石を運んで赤石——いまの明石にあたります——に山陵を築いた」という話が出てきます。淡路島の石、明石の地。五色塚古墳の実態と、ぴたりとまでは言えなくても、確かに重なって見えます。
ただし日本書紀のほうは、これを忍熊皇子らが「天皇のために陵をつくる」といつわって軍事拠点を築いた、という穏やかでない筋立てで語ります。石を運んだのは弔いのためではなく、戦さの準備だった、というのです。文献が伝える物語と、地面から出てくる事実は、近いようでいて少しずれている。考古学が確かめているのは、ここが古墳時代の豪族の墓だ、というところまでです。
主は、誰か
では、その豪族とは誰なのか。ここが、はっきりしません。
五色塚古墳は1965年から10年をかけて整備されましたが、考古博物館の説明によれば、このとき墳丘の埋葬施設そのものには手をつけておらず、中身は今も調べられていません。誰がどう葬られているのか、まだ見ていないのです。被葬者については、海峡を支配した豪族とする見方が有力な一方、文献を重んじて、ここを仲哀天皇の墓とみる研究者(森浩一氏ら)もいて、決着していません。築造の時期でさえ、4世紀後半とする資料と、4世紀末から5世紀初めとする資料があって、少しずつ振れています。掘れば何か分かるのかもしれませんが、その埋葬施設には、まだ誰も触れていません。
日本初の復元古墳
五色塚古墳には、もう一つよく知られた顔があります。築造当時の姿に復元整備された、日本で最初の古墳だという点です。1965年から1975年にかけて、埋葬施設を除く発掘と復元が行われ、葺石が葺き直され、埴輪が立て並べられました。1921年に国の史跡に指定されてからおよそ100年、復元からも2025年でちょうど半世紀になります。
残された空白
被葬者の名は、いまも空白のままです。これだけ大きく、これだけ整えて残されているのに、墳丘の中だけは手つかずで、誰も見ていない。復元から半世紀がたち、すっかり住宅街に溶け込みながら、五色塚古墳はいまも海のほうを向いて立っています。
参考・出典
- 五色塚古墳(神戸市垂水区) | 兵庫県立考古博物館 https://www.hyogo-koukohaku.jp/modules/info/index.php?action=PageView\&page_id=105
- 令和の住宅街に溶け込んだ巨大な前方後円墳 神戸・五色塚古墳の復元・整備から半世紀 | 神戸新聞NEXT https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202508/0019307720.shtml
- 史跡指定100年 五色塚古墳 | ラジオ関西トピックス(ラジトピ) https://jocr.jp/raditopi/2021/05/16/307445/
- 神戸に巨大な古墳があるって本当?垂水区「五色塚古墳」に注目 | Feel KOBE 神戸公式観光サイト https://www.feel-kobe.jp/column/goshikizuka/
- 五色塚古墳 | Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/五色塚古墳


