古代ローマの建造物は、2,000年経った今も立っています。パンテオンの巨大なドームは無筋のコンクリートでできていますし、地中海の港に残るローマ時代の防波堤にいたっては、波に打たれ続けながら、むしろ強さを増してきました。
ところが、私たちがいま街で目にする鉄筋コンクリートの寿命は、せいぜい50年から100年ほどです。技術が進んだはずの現代のほうが、はるかに早く朽ちる。なぜこんな逆転が起きるのか。鍵の一つは、長いあいだ「ただの製造ミス」と片づけられてきた、白い小さな粒にありました。
そもそもローマンコンクリートとは
材料からして、今のものとは違います。ヴェスヴィオ火山などの火山灰(ポゾラナ)と石灰、それに凝灰岩や軽石などの骨材を混ぜたもので、火山灰のシリカやアルミナが石灰とゆっくり反応して固まります。これがポゾラン反応です。代表格が、鉄筋なしのコンクリートとしては世界最大級のドームをもつパンテオン。2,000年近く、自重を支え続けています。
欠陥が、じつは仕掛けだった
このコンクリートを顕微鏡で見ると、ミリ単位の白い粒があちこちに混じっています。石灰の塊です。長らくこれは「材料がよく混ざっていない証拠」、つまり古代の雑な仕事の名残だと考えられてきました。
通説をひっくり返したのが、2023年にMITのアドミル・マシックらが『Science Advances』に発表した研究です。MITニュースの解説によると、ローマ人は消石灰ではなく生石灰を火山灰や水に直接加え、高温で混ぜる「ホットミキシング」をしていました。この作り方だと反応熱で一気に高温になり、あの白い石灰の粒が残る。粒は欠陥ではなく、むしろ仕込みだったわけです。
仕組みはこうです。コンクリートにひびが入り、そこへ水がしみ込むと、近くの石灰の粒からカルシウムが溶け出す。それが炭酸カルシウムとして再び結晶化し、ひびを内側から接着してふさぐ。マシックらは、わざと割ったサンプルの割れ目に水を通す実験をしました。生石灰入りは2週間ほどでひびがふさがり、水も通さなくなった。生石灰なしのほうは、割れたまま。傷ができるたびに、自分で治す。あの白い粒は、欠陥どころか修復装置だったのです。
海水が、鉱物を育てる
ここがいちばん不思議なところです。自己修復だけでも驚きですが、海の中のローマンコンクリートでは、さらに妙なことが起きています。普通の建材にとって海水は大敵で、塩分は鉄筋もコンクリートも痛めつけます。ところがローマの防波堤は、その海水で逆に丈夫になっていました。
調べたのは、地質学者のマリー・ジャクソンらです。地中海の海底に残るローマ時代の防波堤からコンクリートを採り、ローレンス・バークレー国立研究所の放射光施設で内部の鉱物を見た。WIRED日本版が2017年に伝えたところによれば、そこにはフィリップサイトという沸石があり、そこからアルミニウム質トバモライトという鉱物の結晶が伸びていたといいます。
筋書きはこうです。海水がコンクリートを洗い、火山灰を少しずつ溶かす。アルカリ性が増し、その板状の結晶が育つ。トバモライトは細長い板の形をしていて、力がかかってもポキッと折れず、しなって応力を逃がす。つまり、ひびの起点になりにくい繊維のような鉱物が、海水との反応で後から自然に編み込まれていくわけです。打ち上がった瞬間が完成形ではない。むしろ海に浸かってからの数百年で、中身が組み上がっていく。波に洗われるほど強くなる、という逆説の正体がこれでした。
現代のコンクリートは、なぜ朽ちるのか
では、今のコンクリートは何が違うのか。皮肉なことに、効いてくるのは近代の発明品である鉄筋です。
鉄筋コンクリートは、引っ張る力に弱いコンクリートを、引っ張りに強い鉄筋で補います。おかげで橋も高層ビルも作れるようになりました。ただ、その鉄筋が弱点にもなる。打ち立てのコンクリートは強いアルカリ性で、内部の鉄筋を錆から守っています。ところが空気中の二酸化炭素が表面からしみ込み、アルカリを少しずつ中和していく。中性化です。
進み方には目安があります。中性化はおよそ年0.5mmずつ奥へ進み、鉄筋を覆うかぶりの厚さは3cm程度が標準。単純計算で、60年ほどで中性化が鉄筋に届きます。守りを失えば鉄筋は錆び始める。やっかいなのは、錆びた鉄が膨らむことです。膨張した鉄筋がまわりのコンクリートを内側から押し割り、ひびが走り、表面が剥がれ落ちる。海の近くなら、塩分が同じことをもっと速くやってのけます。補強のために入れた鉄筋が、寿命を縮める引き金にもなっている。
なぜ昔のやり方に戻さないのか
では、ローマ式に戻せばいいのに——と思えてきます。簡単ではありません。
いちばん大きいのは、固まる速さです。ポゾラン反応はゆっくりなので、ポルトランドセメントのように数時間で型枠を外すわけにはいきません。工期が命の現代の建設では、これは致命的です。加えて、ローマンコンクリートは圧縮にこそ驚くほど強い一方、引っ張りには弱い。鉄筋なしで細長い梁や高層ビルを組むのは難しいのです。良質な火山灰も、ヴェスヴィオ周辺のようにどこにでもあるわけではありません。
要は、私たちは強さや寿命より「速さ」を選んできました。早く安く大量に作れることと引き換えに、数十年で更新する前提のコンクリートを使っている。優劣の話ではなく、求めるものが違うわけです。
とはいえ、無関係な昔話でもありません。マシックらは自己修復の仕組みを現代のコンクリートへ移植し、寿命を延ばす研究を進めています。火山灰を混ぜると、二酸化炭素が鉄筋に届くまでの期間が約1.7倍、塩分では約1.2倍に延びたという実験結果もある。欠陥として捨てていたものの中に答えがあった——2,000年前の現場の知恵が、これからの土木の宿題を解くかもしれません。
参考・出典
- MIT News “Riddle solved: Why was Roman concrete so durable?” https://news.mit.edu/2023/roman-concrete-durability-lime-casts-0106
- WIRED日本版「古代ローマ時代のコンクリートは、今も強度を増していた──その驚くべき理由が解明される」 https://wired.jp/2017/07/30/roman-concrete/
- ナゾロジー「古代ローマのコンクリートにはひび割れを『自己修復』する機能があったと判明」 https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/120131/2
- 三和キャストン「コンクリートの寿命と劣化」 https://sanwacaston.co.jp/concrete/896/
- kousin242.sakura.ne.jp「ローマ帝国と土木コンクリートの歴史」 https://kousin242.sakura.ne.jp/blogs/ggg/建築/000-2/
- Wikipedia(補助)「ローマン・コンクリート」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ローマン・コンクリート


