なぜ人は音楽に感動するのか——次の音を待つ脳と、当たりすぎない快感

なぜ人は音楽に感動するのか——次の音を待つ脳と、当たりすぎない快感 科学

音楽は食べられません。外敵から身を守ってもくれませんし、体温も上げてくれません。生き延びるという一点だけで見れば、空気の振動が並んでいるだけの、何の役にも立たない現象です。

それなのに、ある一節で鳥肌が立ちます。腕の毛が逆立ち、背筋を何かが走ります。人によっては涙も出ます。しかも同じ曲で、何度でも起きます。この反応が生き物としてどういう理屈で成り立っているのか、20年ほど前から脳の側で測られるようになりました。

ドーパミンは、鳴る前から出ている

きっかけは、モントリオール神経学研究所のヴァロリー・サリンプールらが2011年に Nature Neuroscience へ発表した研究です。

彼らは、鳥肌が立つほど好きな曲を被験者に聴かせながら、放射性のラクロプライドを使ったPETで脳内のドーパミンを直接とらえました。あわせて心拍や皮膚の反応も記録しています。結果は、快感のピークでドーパミンが線条体に放出される、という予想どおりのものでした。

話が変わるのはその先です。放出の場所が、時間によって分かれていました。曲が盛り上がりへ向かっていく期待の段階では尾状核が、実際にピークが来た瞬間には側坐核が、それぞれ強く反応します。BRAMSの紹介では、抽象的な報酬への「期待」が、快感そのものとは解剖学的に別の経路でドーパミンを出させることを示した、と位置づけられています。

待っている時間と、来た瞬間。

音楽で何も感じない人たち

世の中には、音楽をきちんと聴き取れるのに、そこから快感だけが立たない人がいます。特異的音楽無快感症と呼ばれ、人口の3〜5%程度にあたるとされます。音痴でも難聴でもありません。絵画や笑い声には人並みに反応するのに、音楽にだけ報酬が乗らないと報告されています。

バルセロナ大学とマギル大学モントリオール神経学研究所の共同研究が、2016年にPNASでその脳を報告しました。音楽無快感症の人では、音を処理する皮質領域と側坐核とのあいだの機能的結合が低く、逆に音楽で強い快感を得る人ではその結合が強まっていました。そしてギャンブル課題で金銭を得たときには、線条体は正常に反応しています。

予測が快感を作る

なぜ「待つ」ことに報酬系が反応するのでしょうか。ロバート・ザトーレとサリンプールが2013年にまとめた総説が、この道筋を整理しています。

音楽を聴くとき、聴覚野と前頭葉のあいだで腹側・背側の経路を通ったやりとりが起きます。このループが、音のパターンを作業記憶に保ち、そこにある規則性を拾い上げ、次に何が来るかという期待を作るとされます。一方で側坐核は、予測を立てること、予期すること、そして予測が外れた度合いを計算することに関わります。快感はこの二つの系がつながったところに生まれる、というのが彼らの見立てです。

報酬価値の高い音楽を聴いているときには、聴覚野と側坐核のあいだの機能的結合が有意に強まります。しかもその結合は、その人がそれまでに聴いてきた音楽から作られたテンプレートを反映していると考えられています。総説はこの蓄積を「音楽語彙」と呼びました。

8万個のコード

745曲のポップスから8万個のコードを抜き出し、歌詞もメロディも剥がす——マックス・プランク人間認知・脳科学研究所とベルゲン大学のチャンらが2019年に Current Biology で発表したのは、そういう作業から始まる研究でした。

材料は、米ビルボードで実績のあるポップスです。そのうえで機械学習モデルに、「次のコードがどれくらい読めるか」という不確実性と、「実際にどれくらい外れたか」という意外性を数値化させています。二つの軸を分けて測ったところが肝で、これまで「意外性が快い」とひとまとめに語られてきたものが、二次元に展開されました。

結果は対角線です。次が読める場面で予想外のコードが来たとき、あるいは次が読めない場面で予想どおりのコードが来たとき、人は最も快いと感じました。逆に、読める場面で読めるとおりに来ても、読めない場面でさらに外されても、快感は落ちます。単純な山型ではなく、鞍のような形。fMRIでは、この効果が扁桃体、海馬、聴覚野の活動と対応していました。

たとえば延々と同じコードを繰り返したあと、思わぬところで転調が入る瞬間。あるいは複雑に転がってきた進行が、ふっとトニックへ落ち着く瞬間。快感が立つのは、どちらかの側です。真ん中ではありません。言われてみれば、耳になじんだコード進行だけの曲は退屈で、脈絡なく転調され続ける曲は疲れます。「音楽語彙」が聴いてきたもので作られる以上、別の音楽文化で期待がどう組み立てられるかは、この鞍型からは出てきません。

快感を消す薬

もう一段深いところに、オピオイドの話があります。ドーパミンが「欲しい」を作るとして、実際の「気持ちいい」はどこから来るのか。

ナルトレキソンは、依存症の治療に使う薬です。これを飲んだ状態で好きな曲を聴くと、どうなるか。マギル大学のマリク、チャンダ、レヴィティンが2017年に Scientific Reports で答えを出しています。二重盲検クロスオーバー、参加者は17人。心理生理指標と主観評価の両面から測りました。彼らの結論は、内因性オピオイドが音楽における快・不快どちらの感情にも決定的に関わっており、音楽は食べ物や薬物や性的快感と同じ報酬経路を使っている、というもの。Medical Xpress が伝えたところでは、被験者は自分のお気に入りの曲でさえ快感を覚えなくなり、「これは好きな曲のはずなのに、いつもと違う」「きれいに聞こえるけれど、何も感じない」といった感想が並びました。

ただ、この話はきれいに終わりません。マス=エレーロらが2023年に Annals of the New York Academy of Sciences でまとめた総説をたどると、同種の実験の結果はかなりばらついています。1980年のゴールドスタインの研究では、ナロキソンを注射しても音楽の快感が一貫して下がる結果は出ませんでした。2021年のレングらの研究は、主観的な快感の評価には変化がなく、鳥肌が立つときの瞳孔の広がりだけが小さくなったと報告しています。

マス=エレーロらは、プラセボに加えてオキシコドンとナルトレキソンという作用の向きが逆の2種類の薬を使い、方法上の弱点を潰したうえで再検証しました。その結果、オピオイドの操作は皮膚コンダクタンス反応、つまり感情の高ぶりの生理的な指標には影響したものの、主観的な快感の報告や鳥肌の頻度は変えていません。彼らの整理では、ドーパミンは主観的な快感のピークと鳥肌の発生に関わり、オピオイドの働きは生理反応の調節にとどまります。ドーパミンがオピオイド由来の快感信号への「入口」として働いているのではないか、という仮説も示されました。

ダーウィンの困惑

では、この配線はなぜ生まれたのか。ここは今も割れています。

マリクらは論文の冒頭で、音楽が人類に普遍的であること——いま知られているどの文化にも、過去のどの時代にも、音楽を欠いた社会はない——を挙げ、そこに進化的な起源を見ています。母親が乳児に歌うことは文化を問わず見られ、音楽は新生児が最初に出会う経験の一つになります。彼らの研究は、音楽の進化生物学的基盤を示す証拠の蓄積に加わるものだと位置づけられていました。

ザトーレとサリンプールの総説は、もっと慎重です。彼らは音楽に「はっきりした適応上の機能」は見当たらないとしたうえで、感情の表出と調整、そして社会的なコミュニケーションという役割を強調しています。総説が引くのはダーウィンの一節でした。音楽を楽しむ能力も作る能力も、日常生活において人間の役に立つものではないのだから、最も謎めいた能力に数えられねばならない。1871年の言葉です。

150年たっても、この謎は解けていません。

参考・出典

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