なぜ人は利き手を持つのか——胎内から始まる右利きと、まだ解けない9対1

なぜ人は利き手を持つのか——胎内から始まる右利きと、まだ解けない9対1 科学

右手で箸を持ち、右手でペンを握る。多くの人にとって、それはわざわざ意識する動作ではありません。けれど、ボールを投げる手、歯ブラシを動かす手、とっさに何かへ伸ばす手——どれをとっても、たいてい決まった片方が出てきます。人には、利き手があります。

世界を見渡すと、その約9割が右利きだとされます。これだけ一方向にそろった身体の特徴は、落ち着いて考えると少し奇妙です。心臓のように左右で形の違う内臓ならともかく、手は左右でほとんど同じ形をしている。なのに、使う手は決まっている。

なぜ人は利き手を持つのか。そして、なぜこれほど右に偏っているのか。この二つは似ているようで別の問いで、しかも後ろのほうは、いまも完全には解けていません。

9割が右、という偏り

まず確認しておきたいのは、この偏りの強さです。右利きはどの文化圏でもおおむね9割前後を占め、左利きは1割ほど。割合の細部は調査によって動きますが、「右が圧倒的多数」という大枠は揺るぎません。

面白いのは、ここまで極端な偏りがヒト以外には見当たらないことです。動物にも前足の好みはあります。ただ、それは「個体ごとにどちらかを好む」レベルにとどまり、種全体としてどちらかへ大きく傾くことはまれです。

霊長類38種の手の好みを集めた総説(eLife掲載)を読むと、その差がはっきりします。私たちにいちばん近いチンパンジーでさえ、右利きが49.6%、左利きが28.9%。536個体を調べてほぼ半々で、集団としての偏りは弱い。ゴリラやチンパンジーでわずかな傾きは見られるものの、ヒトの9割という水準とは比べものになりません。この総説は、ヒトの右への偏りを霊長類のなかで「類を見ない極端さ」と表現しています。

野生のチンパンジーがシロアリ釣りのような道具使用では集団レベルで右に傾く、という報告も以前からあります。ただ、多くの種を横並びにした比較ではその傾きは小さく、資料によって評価が分かれているのが実情です。少なくとも「ヒトの9対1」は、動物界では飛び抜けています。

利き手は、生まれる前から

では、その利き手はいつ決まるのか。

子どもが鉛筆を握り、字を書く練習をするなかで右か左かが固まっていく——なんとなく、そう思っていないでしょうか。ところが、利き手の兆しはもっとずっと早く、生まれる前の段階で表れます。

神経科学者ゼバスティアン・オクレンブルクが胎児研究をまとめた解説によれば、ピーター・ヘッパーらが超音波で胎児の指しゃぶりを観察したところ、1990年の研究では224人の胎児のうち94.6%が右の親指を吸っていたといいます。しかもこの偏りは、調べたなかで最も早い妊娠15週の時点ですでに現れている。さらに別の研究では、腕の動きだけを取り出して観察できる最も早い時期である妊娠10週でも、72人の胎児の85%が左より右の腕をよく動かしていた、と報告されています。

決定的なのは、その後を追った研究です。胎児のときに指しゃぶりを観察した75人を10〜12歳まで追跡したところ、胎児期の好みは75人中70人の利き手を言い当てていました。お腹のなかでどちらの親指を吸っていたかが、10年後の利き手をかなりの確率で予言していたわけです。

調べていて意外だったのは、この偏りが、ふつう利き手を司ると言われる脳の領域が成熟するよりも前から見えている、という点でした。利き手は「脳が育って決める」だけの話ではないのかもしれない。胎児研究は、その根がもっと早く、もっと体の深いところにある可能性を示しています。

180万年前の歯

時間をさかのぼると、右利きの古さにも驚かされます。

カンザス大学のデイヴィッド・フレイヤーらは、化石の歯に残る細かな傷から、初期人類の利き手を読み取りました。手がかりは、前歯のすり減り方です。初期の人類は、前歯を「第三の手」のように使い、皮や肉をくわえて引っ張りながら、もう片方の手で石器を当てて切っていたと考えられています。その石器が、ときどき歯の表面をかすめる。すると、刃の走った向きに沿って斜めの擦過痕が残ります。

右手で石器を使えば傷は左上から右下へ、左手なら逆向きに走る。フレイヤーらが調べたホモ・ハビリスの上顎の化石、通称OH-65の歯にはこの右利きのパターンが刻まれていました。年代はおよそ180万年前。化石記録に残る右利きの証拠としては最古の部類です。

つまり、右利きは現生人類だけの癖ではなく、私たちの遠い祖先の段階からすでに優勢だったことになります。フレイヤーは、左半球が手と言語の両方に関わることから、右利きの古さを言語能力の古さと結びつける議論も示しています。ただし両者は別々の遺伝の仕組みで動いており、つながりはあっても弱い、と慎重に付け加えています。

右手と、左の脳

ここで脳の話に少しだけ踏み込みます。

体の運動は、脳が左右を交差して支配しています。右手を動かすのは左半球、左手を動かすのは右半球。だから右利きとは、運動の面では「左半球が優位」ということでもあります。

そしてこの左半球は、もう一つ重要な仕事を担っています。言語です。クネヒトらが健常者326人の脳を調べた研究(Brain, 2000)によれば、言語が右半球優位になる人は右利きでは約1割にとどまり、最も強い左利きの人でも27%ほど。裏を返せば、右利きでも左利きでも、言語は多くの人で左半球にあるということです。利き手と言語は、たいてい同じ左半球に同居しているわけです。

右に偏った手と、左に寄った言葉。この二つが脳の同じ側で結びついていることが、人類学者たちに「右利きと言語は一緒に進化したのではないか」と考えさせてきました。もっとも、先ほどのフレイヤーの留保どおり、両者の関係は単純な一本道ではありません。

一つの遺伝子では決まらない

利き手は遺伝するのか。家系をたどると、たしかに親子で似る傾向はあります。けれど、その効き目は思ったほど強くありません。

双子を使った研究から見積もられる利き手の遺伝率は、およそ25%。残りの大部分は遺伝以外の要因で説明されることになります。かつては「利き手を決める単一の遺伝子」が探されましたが、大規模なゲノム解析が進むにつれ、その描像は捨てられました。利き手は、多数の遺伝子がわずかずつ関わる、いわば寄せ集めの形質だったのです。

近年の研究は、その関わり方の中身まで見せてくれます。マックス・プランク研究所のシャイフェンらが2024年に発表した解析では、UK Biobank の右利き約31万人と左利き約3.8万人のゲノムを比べ、TUBB4Bという遺伝子に注目しました。これはβチューブリンという、細胞の骨組みである微小管を作るタンパク質の遺伝子です。この遺伝子の希少な変異は、左利きの人で右利きの人の2.7倍多く見つかった。

ここが個人的に面白いところでした。利き手に関わる遺伝子が、「手」そのものではなく、細胞内の足場を組み立てる部品だったという点です。微小管は、発生の初期に体の左右を決める仕組みにも関わっています。利き手の遺伝をたどると、手の機能ではなく、そもそも体に左右差を作り出す根っこの装置に行き当たる。ただし、こうした手がかりを足し合わせても説明できる遺伝率はまだ数%にとどまり、大半は未解明のままです。

なぜ右なのかは、まだわからない

ここまで来ても、いちばん素朴な問いが残っています。なぜ、よりにもよって右が多数派なのか。

この問いには、裏返しの問いがくっついています。右がそれほど有利なら、左利きはなぜ1割も生き残っているのか。

一つの有力な説明が、ファウリーとレイモンドらの「闘争仮説」です。これは負の頻度依存選択という考え方に立ちます。左利きは数が少ないぶん、対戦相手にとって不慣れな存在になる。剣でもボクシングでも、ふだん右利きとばかり戦っている相手は、左から来る攻撃に対応しにくい。だから左利きは戦いで有利になる——ただし、左利きが増えるほどその珍しさは薄れ、有利さも消えていく。少数だからこそ得をする、という構図です。

彼らが示した証拠は、なかなか強烈です。伝統社会八つを比べると、左利きの割合は殺人の起こりやすさと強く相関していました(相関係数0.83)。最も平和的なブルキナファソのディウラ人で3.4%、最も暴力的なニューギニアのエイポ人で26.9%、ベネズエラのヤノマミで22.6%。暴力的な社会ほど左利きが多い。格闘技やフェンシングのような一対一の対人スポーツで左利きの比率が跳ね上がるのも、同じ理屈で説明されてきました。

ただ、この仮説が答えているのは「なぜ左利きが消えずに残るのか」であって、「なぜ多数派が右なのか」ではありません。そこが、ややこしいところです。右利きの起源そのものは、別の説明を要する。

では右利きの偏りはどこから来たのか。二足歩行のせいだ、脳が大きくなったせいだ、といった説は出ています。しかし先ほどの霊長類38種の総説は、手の好みの強さは脳の大きさと相関せず、二足歩行も強い利き手を生む必須条件ではない、と結論づけています。有力そうに見えた説明が、比較研究の前で次々と決め手を欠いていく。研究者がヒトの利き手を「説明のつかない特異点」と呼ぶのは、こういう事情です。

生まれる前から表れ、180万年前の歯にも痕跡を残し、それでいて「なぜ右か」には答えが出ていない。あまりに身近で、問いにすらなりにくい利き手が、実はこれほど手強い謎だったのかと、ペンを握り直しながら思います。

参考・出典

タイトルとURLをコピーしました