なぜ薬に副作用があるのか——効くことと、避けきれない代償

なぜ薬に副作用があるのか——効くことと、避けきれない代償 科学

薬を飲むとき、私たちは効き目を期待すると同時に、どこかで副作用を警戒しています。眠くなる風邪薬、胃を荒らす痛み止め、髪が抜ける抗がん剤。効いてほしいところにだけ働いて、それ以外には何もしない薬があればいいのに——そう思ったことのない人は、たぶんいません。

じつはその願いは、100年以上前に一人の科学者がはっきり言葉にしています。細菌学者パウル・エールリヒは、病原体だけを狙い撃ちして体には害を与えない薬を思い描き、それを「魔法の弾丸(magic bullet)」と呼びました。Science History Institute の伝記によれば、彼は染料が特定の細胞だけを染める性質から発想を得て、標的にだけ最大の毒性を、宿主には最小の毒性を、という選択毒性の原理を追い求めた。梅毒の治療薬サルバルサンは、その考えから生まれています。

では、その理想から一世紀たったいま、なぜ薬にはまだ副作用がつきまとうのでしょうか。理由は一つではありません。

同じ標的が、体のあちこちにある

まず、いちばん根っこにある事情から。薬は多くの場合、体の中の特定の受容体や酵素にくっついて効果を出します。ところが、その受容体や酵素は、狙った臓器だけに都合よく置かれているわけではない。同じものが、体の別の場所にもある。すると、効くのとまったく同じ理屈で、望まない作用が出ます。

痛み止めでおなじみのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が分かりやすい例です。これはCOXという酵素を邪魔することで、痛みや炎症のもとになる物質が作られるのを抑えます。ところがStatPearlsによれば、COXのうちCOX-1と呼ばれる型は、胃の粘膜を守る物質を作る仕事も担っている。痛み止めがこのCOX-1まで抑えてしまうと、胃の防御が手薄になり、胃が荒れます。痛みが引くのと胃が荒れるのは、別々の作用ではなく、同じCOX阻害から出てきます。

心臓の薬であるβ遮断薬にも似た話があります。β受容体にはいくつか種類があって、心臓に多いβ1と、気管支に多いβ2に大きく分かれます。心臓の負担を減らそうとしてβ受容体を一括で塞ぐ薬は、気管支のβ2まで塞いでしまい、気道を狭める。だから喘息のある人には、種類を選ばないβ遮断薬は使いにくいのです。こうした、標的そのものへの過剰な作用から来る副作用を、薬理学では「オンターゲット」の副作用と呼びます。狙いを外したから起きるのではなく、狙いどおりに効いたからこそ起きる副作用です。

狙っていない相手にも、くっついてしまう

もう一方に、「オフターゲット」と呼ばれる副作用があります。こちらは、本来の標的ではない別の分子に薬がくっついてしまうことで起こります。薬の形は、目的の受容体にぴったり合うよう設計されていても、似た形の別の受容体にも多少は結合してしまう。完全な選び分けは、なかなか実現できません。

昔ながらの抗ヒスタミン薬、いわゆる第一世代の花粉症・かぜ薬が、その例です。狙いはヒスタミンのH1受容体を抑えて鼻水やくしゃみを止めることですが、World Allergy Organization の総説によると、第一世代の薬はH1だけをうまく選べず、アセチルコリン(ムスカリン)受容体やアドレナリン受容体など、形の似た別の受容体にも結合してしまう。その結果、口が渇いたり、尿が出にくくなったりします。第一世代の薬を飲んだあとの、あの独特の口の乾きです。

よく知られる眠気のほうは、少し事情が違います。第一世代の薬は脂に溶けやすく、脳を守る関門(血液脳関門)をやすやすと越えてしまう。脳にも同じH1受容体があって、そこは覚醒を保つ働きを担っています。薬がそこまで届いてH1を塞ぐと、眠気やだるさが出る。これは別の分子に当たったからではなく、狙いと同じH1受容体が脳にもあるために起こる、前の節の「同じ標的が別の場所にある」タイプです。第二世代の薬は、この関門を越えにくく作られていて、眠気が出にくくなっています。

巻き添えになる細胞

選択毒性がもっとも苦しくなるのが、抗がん剤です。

がん細胞のいちばんの特徴は、さかんに分裂して増えることです。多くの抗がん剤は、その「速く分裂する細胞」を狙って攻撃します。ところが、体の中には、がんでなくても活発に分裂している正常な細胞があります。StatPearlsは、血液を作る骨髄、消化管の粘膜、髪の毛をつくる毛根などをその例に挙げています。抗がん剤はがん細胞とこれらの正常細胞を十分に見分けられず、まとめて叩いてしまう。その結果が、免疫力の低下、口内炎や吐き気、そして脱毛です。抗がん剤の副作用がしばしば重いのは、薬が下手だからというより、標的の「速く分裂する」という目印を、正常な細胞の一部も持っているからでした。

効く量と、危ない量

ここまでは「どこに効くか」の話でしたが、副作用にはもう一つ、「どれだけ効かせるか」という量の問題がからみます。

薬の効き目は、量を増やすほど強くなります。同時に、量を増やせば毒性のほうも顔を出す。この関係を描いたのが用量反応曲線です。薬理学では、集団の半数に効果が出る量をED50、半数に毒性が出る量をTD50、半数が命を落とす量をLD50(これは主に動物実験で使う指標です)と呼びます。そして、毒性の出る量が有効な量のどれくらい上にあるかを示すのが治療指数で、TD50をED50で割った値で表されます。この値が大きいほど、効く量と危ない量の間に余裕がある「安全域の広い薬」ということになります。

問題は、この余裕が薬によってずいぶん違うことです。MSDマニュアルは、治療指数が2を下回るような薬では、わずかな飲み合わせや投与量の狂いが有害な影響につながりうると注意しています。血液を固まりにくくするワルファリン、気分の薬であるリチウム、喘息に使うテオフィリンなどは、効く濃度と危ない濃度の幅がせまい薬として知られ、血中濃度を測りながら慎重に使われます。「量が毒を決める」——16世紀の医師パラケルススのこの言葉は、効かせる以上、どんな薬にも当てはまります。

人による違い

最後に、飲む人の側の事情があります。同じ薬を同じ量だけ飲んでも、効き方や副作用の出方は人によって変わる。その大きな原因が、薬を分解する能力の個人差です。

体に入った薬の多くは、肝臓のシトクロムP450(CYP)という酵素群によって分解・処理されます。この酵素群は薬物の代謝のおよそ8割から9割に関わっている、とStatPearlsは書いています。そして、その働きの強さには生まれつきの個人差があり、分解が遅い人から極端に速い人まで幅がある。分解が遅い人では薬が体に長くとどまって効きすぎたり副作用が出やすくなり、速すぎる人では効きが弱くなる。

飲み合わせも同じ回路で効いてきます。よく知られるのがグレープフルーツジュースで、これは腸にあるCYP3A4という酵素の働きを邪魔します。その状態で特定の薬を飲むと、分解されるはずの薬が体に多く残り、思ったより濃く効いてしまう。「薬と一緒にグレープフルーツを避けて」という注意書きには、こういう仕組みがあります。

予測できる副作用と、できない副作用

副作用と一口に言っても、その性質はいくつかに分かれます。薬理学では、有害な反応を大きく二つに分けます。StatPearlsの整理では、一つは薬のもともとの作用が強く出すぎたタイプで、量に応じて起こり、あらかじめ予測でき、量を減らせばおおむね和らぐ。有害反応全体の8割から9割はこちらだといいます。もう一つは、その人の体質によって起こる予測しにくいタイプで、量とは関係なく、ごく一部の人に強いアレルギーのような形で現れます。前者は薬の性質を知れば身構えられますが、後者はそうはいきません。

ついでに言葉のことも少し。日常語の「副作用」と、医療の現場で使う「有害反応」は、厳密には指す範囲が違います。MSDマニュアルは、「副作用(side effect)」を、意図しない作用を漠然と指すあいまいな用語だと注記しています。専門的には、薬との因果関係が否定できない望ましくない反応を有害反応と呼び、原因を問わず起きた出来事全般はさらに広く有害事象と呼ぶ。ふだん一括りに「副作用」と言っているものの中身は、案外こまかく分かれています。

エールリヒが思い描いた魔法の弾丸は、完全な形ではまだ実現していません。それでも医療は、効く濃度の幅を見極め、量を測り、飲む人に合わせて調整することで、副作用とどうにか折り合いをつけてきました。効くというのは、体のどこかに確かに働きかけるということです。その働きが、狙った一歩だけ外へこぼれたものを、私たちは副作用と呼んでいるのだと思います。

参考・出典

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