月はなぜいつも同じ面を向けているのか——自転を止めたのではなく、公転と足並みをそろえた

月はなぜいつも同じ面を向けているのか——自転を止めたのではなく、公転と足並みをそろえた 科学

夜空の月は、いつも同じ顔をこちらに見せています。ウサギに見えるあの模様の向きは、子どものころに見たものと変わりません。地球上のどこから、いつ見上げても、月は決して背中を見せない。

この話をすると、「月は自転していないからでしょう」と返ってくることがあります。ところが、それは逆です。月はちゃんと自転しています。むしろ、自転しているのに同じ面を向け続けているからこそ、ここには説明の必要な謎があるのです。

自転していないわけではない

ためしに、月がまったく自転していなかったらどうなるかを考えてみます。その場合、月は地球のまわりを一周するあいだに、表も裏もぐるりと地球に見せることになります。公転はするのに自分は回らない、という状態では、向きは遠くの星々に対して固定され、地球から見る面は刻々と変わっていくはずです。

実際にはそうなっていません。月は地球を約27.3日かけて一周し、そのあいだにちょうど1回、自分でも回転しています。公転の周期と自転の周期が、ぴたりと同じ。だから、回りながら同じ面を向け続けられる。この、周期がそろった状態を同期自転、あるいは潮汐固定と呼びます。問題は、なぜこんな都合のいい一致が起きたのか、です。

潮汐がかけたブレーキ

答えは潮汐にあります。海の満ち引きを起こす、あの力です。

天体どうしは互いの重力で引き合いますが、その引きは距離によって強さが変わります。地球に近い側はより強く、遠い側はより弱く引かれる。この差のせいで、月は地球とを結ぶ線の方向にわずかに引き伸ばされ、ほんの少し細長い形になります。この膨らみを潮汐バルジといいます。

昔の月は、今よりずっと速く自転していたと考えられています。すると、伸びた膨らみは月が回るのにつれて、地球の方向から少し先へずれていく。ここがブレーキの効きどころでした。国立天文台暦計算室の潮汐摩擦の解説をたどると、本来あるべき位置からずれた膨らみを、地球の重力が引き戻そうとします。その引きが、自転にブレーキをかけるトルク——回転を弱める力——として働く。長い時間をかけてこのブレーキが効き続け、月の自転はじりじりと遅くなり、ついに公転と歩調がそろったところで落ち着きました。膨らみが地球とを結ぶ線の上にぴたりと載れば、引き戻す力はもう生じない。月はそこで固定されました。回るのをやめたわけではなく、同じ面を向けたまま回り続けています。

同じ力で、地球も変わっている

面白いのは、このブレーキが月だけの話で終わらないことです。

潮汐力は、地球の側にも膨らみを作っています。海水のふくらみです。地球は月よりはるかに速く自転しているので、この膨らみは月の真下から少し先へ引きずられていく。すると今度は、その膨らみが月を前へ引っ張る。国立天文台の解説によれば、月はこの引きでエネルギーをもらい、少しずつ地球から遠ざかっていきます。アポロ計画などが月面に残した反射鏡へレーザーを当てて距離を測る月レーザー測距から、その量はかなり正確にわかっていて、JAXAの宇宙科学研究所の説明では、月は1年におよそ3.8センチメートルずつ遠のいているそうです。爪が伸びるほどの速さで、月は静かに離れ続けている。

そして、月に与えた分だけ、地球は損をします。回転の勢いを月に渡した地球は、自転が少しずつ遅くなる。1日の長さは、100年でおよそ2ミリ秒という、ほとんど感じ取れないペースで延びています。月が同じ顔を向け続けているのと、私たちの1日が大昔より長くなっているのは、もとをたどれば同じ潮汐の働きでした。地球と月は、角運動量という回転の勢いを互いにやりとりしながら回っています。

裏側を見たのは1959年

同じ面しか見えないということは、長いあいだ、人類は月の裏側をまったく知らなかったということでもあります。

その裏側が初めて姿を現したのは、1959年のことでした。月探査情報ステーションの解説によれば、ソビエト連邦が打ち上げた探査機ルナ3号が、世界で初めて月の裏側を撮影しました。だから裏側の地形には「モスクワの海」のように、ロシア由来の名前が今も多く残っています。送られてきた写真は意外なものでした。表側にはウサギの模様をつくる暗い「海」が広がっているのに、裏側にはその海がほとんどない。クレーターばかりの、ごつごつした別の顔でした。

「同じ面」は半分より少し多い

ここまで「同じ面」と書いてきましたが、厳密にはもう少しだけ欲張れます。地球から見えるのは、月面のちょうど半分ではありません。

月は同じ面を向けてはいるものの、その向きはわずかに首を振るように揺れています。これを秤動といいます。国立天文台暦計算室の解説では、揺れにいくつかの種類があります。月の軌道が真円でなく楕円のため東西にずれて見える経度秤動、自転軸が傾いているため南北にずれて見える緯度秤動、そして地球上のどこから見上げるかで覗き込む角度が変わる日周秤動です。これらが重なって、月は縁の向こうを少しだけこちらに見せてくれます。おかげで、地球からは月面全体の約59パーセントを見ることができます。ちょうど半分、ではありません。

月だけではない

同じ面を向ける現象は、月の特技というわけではありません。Wikipediaの「自転と公転の同期」の項目をたどると、主惑星の近くを回る大きな衛星の多くが、同じように潮汐固定の状態にあります。火星のフォボスとダイモス、木星のガリレオ衛星たち。距離が近く、潮汐力を強く受けるほど、固定は起こりやすい。なかでも極端なのが冥王星とその衛星カロンで、こちらは月のように片方だけでなく、両方が互いに同じ面を向け合っています。冥王星から見れば、カロンはいつも空の同じ位置に貼りついて動きません。固定は、一方通行とはかぎらない。

月がいつも同じ顔なのは、特別な偶然でも、止まっているからでもありませんでした。近くにある二つの天体が長い時間をかけて潮汐で引き合えば、行き着く先はたいてい、こうなる。私たちはその、ありふれた終着点の一例を、毎晩見上げているわけです。

参考・出典

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