飛行機はなぜ空を飛べるのか——「同時到着」という誤解から解きほぐす

技術

飛行機が飛ぶ仕組みを説明できるか、と問われたとき、多くの人が思い浮かべるのは「翼の上面が膨らんでいるため、上側を通る空気は下側より遠回りをする。後縁で同時に合流するために上面の流れが速くなり、ベルヌーイの定理によって圧力が下がる」という説明だろう。

教科書に書かれてきた説明であり、今もウェブ上で繰り返されている。

ただ、これは正しくない。

「同時に出会う」という前提が崩れる

翼の前縁で上下に分かれた空気の塊が、後縁で「同時に」再合流する——この「等時間通過説(同着説)」は、精密な計測によって否定されている。実際には上面を通った空気の方が速く後縁に到達し、下面を通った相方とは出会わないまま後方へ流れ去る。

工学院大学の金野祥久によれば、この誤説があまりにも広まっているために「飛行機がなぜ飛ぶかは解明されていない」という都市伝説まで生まれたのだという。教科書のある説明が、かえって混乱の種になってきたわけだ。

では、上面の流速が速くなるのはなぜか。そしてそもそも、翼はどのようにして浮き上がるのか。

空気が「曲げられる」とき

もう少し正確な入口から入り直すと、揚力の本質は「翼が空気の流れを下向きに変えること」にある。

翼は進行方向に対してわずかに迎え角をとりながら動いている。翼に当たった空気の流れは全体として下向きに偏向させられる。ニュートンの第三法則——作用・反作用——により、空気を下方向に押した反作用として翼は上向きの力を受ける。

この「流れを下に曲げる反作用」として揚力を説明するのが、現在では最も直感的かつ正確な説明とされている。

ただ、ここで少し立ち止まりたい。翼上面の流れが曲げられると、曲率の内側(翼面の側)と外側(翼から離れた側)に圧力差が生まれる。これは「流線曲率の定理」と呼ばれるもので、翼上面で圧力が低下する理由をより正確に説明する。ベルヌーイの定理も「速い流れは圧力が低い」という事実として有効だが、「なぜ速くなるのか」という問いには答えていない。答えているのは流れが曲がるという事実の方だ。

循環と、後縁が尖っている理由

流体力学の言葉を使えば、揚力は「翼周りの循環」として記述される。

翼が動き始めると、後縁付近に「出発渦」と呼ばれる渦が発生して後方に取り残される。角運動量保存の要請から、翼の周囲にはこれと逆向きの循環が形成され、上面の流速が増す。揚力の大きさはこの循環量・流体密度・飛行速度から求まる——これがクッタ・ジューコフスキーの定理だ。

循環の大きさはどう決まるのか。それが「クッタ条件」の役割だ。翼後縁が鋭く尖っているとき、その形状により上下の流れはスムーズに合流して後縁で翼を離れる。この条件が満たされると循環量は一意に定まり、揚力が安定して生まれる。後縁の尖った形は、構造的な都合だけではなく、揚力を安定させるための物理的な条件でもある。

ただし、クッタ条件が成立するためには空気に粘性がなければならない。完全流体(粘性ゼロ)では循環は自然には発生しないが、現実の空気には翼面ごく近くに境界層があり、そこで粘性の効果が働く。境界層の存在が、循環の発生を可能にしている——京都大学の講義資料は、このあたりの論理的な詰めを丁寧に記述している。

ライト兄弟が疑ったもの

1900年代初頭、ライト兄弟は当時流通していた翼の空力データ(リリエンタールらが残したもの)を元にグライダーを設計したが、思うように揚力が出なかった。

彼らはデータを疑い、自作した風洞で系統的な翼型実験を行って独自のデータベースを構築した。防衛大学校の資料によれば、この「データへの懐疑と再測定」こそが、初飛行を可能にしたフライヤー号の翼設計につながったという。

後にわかったことだが、既存データの誤りの一因はスミートン係数の不正確さにあった。ライト兄弟はその事実にたどり着いたというよりも、結果的に正しい係数を導き出すかたちになったと考えられている。

理論が不完全な中で、実験が先行した。飛行機は、先に飛んだ。

問いのかたちを変える

「ベルヌーイの定理で飛ぶ」も「ニュートンの反作用で飛ぶ」も、どちらも正しい——ただし、それぞれが同じ現象を異なる角度から見たものにすぎない。空気を下に押した運動量変化を測っても、翼上下の圧力差を積分しても、揚力として得られる値は一致する。

対立しているように見えた二つの説明は、同じ事実の別表現だ。

ではどちらが「本質的」かと問えば、「翼が空気の流れ方を変える」というのが最も根本に近い記述だろう。ベルヌーイは、その結果として起きることを言っている。

なぜ飛行機は飛ぶのか。

答えはある。ただし、一文では終わらない問いでもある。

参考・出典

  • 飛行機の飛ぶ訳(流体力学の話) 京都大学OCW 早川尚男 https://ocw.kyoto-u.ac.jp/787_7/
  • 飛行機はなぜ飛べるか 工学院大学・金野祥久(大阪市立科学館「宇宙」2022年11月号掲載) https://www.sci-museum.jp/wp-content/uploads/2022/11/universe2211_4-9.pdf
  • 翼の揚力を巡る誤概念と都市伝説 NPO法人知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん 松田卓也 https://jein.jp/jifs/jifs/scientific-topics/887-topic49.html
  • 飛行機はなぜ飛ぶのか? 翼理論を難しい数式を使わずに解説 Vis-Tech https://vis-tech.site/airfoil-theory/
  • なぜ翼に揚力が発生するか?:ベルヌーイの定理か流線曲率の定理か 日本機械学会誌 高木正平(室蘭工業大学) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmemag/113/1097/113_KJ00006253853/_article/-char/ja/
  • 第4章 飛行の原理 国土交通省 https://www.mlit.go.jp/common/001480704.pdf
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