原子時計はなぜそんなに正確なのか——地球の自転をやめ、原子の振動に「1秒」を預けるまで

原子時計はなぜそんなに正確なのか——地球の自転をやめ、原子の振動に「1秒」を預けるまで 科学

時計の正確さというと、ふだんは1日に数秒ずれるかどうか、くらいの話です。ところが世の中には、何千万年たっても1秒もずれない時計があります。原子時計です。

それだけ聞くと、よほど精巧な歯車でも入っているのかと思ってしまいます。けれど原子時計の心臓部には、動く部品はありません。代わりに置かれているのは、原子という、宇宙のどこでもまったく同じ性質を持つ部品です。なぜ原子だと、ここまで正確になれるのか。話は、「1秒」とは何かを人類がどう決めてきたか、というところから始まります。

地球が時計だったころ

もともと「1秒」は、地球そのものが決めていました。1日を24時間、1時間を60分、1分を60秒と割っていくと、1秒は1日の86400分の1になります。太陽が南中してから次に南中するまで——つまり地球が一回りする時間を、人類は長らく時間の大もとにしてきました。

ところが、地球はそれほど律儀ではありませんでした。自転の速さは潮の満ち引きや内部の動きでわずかに揺らぎ、長い目で見れば少しずつ遅くなっています。基準にしている地球そのものがふらつくのでは、精密な「1秒」は決められない。そこで1956年には、より安定して見える地球の公転をもとにした暦表時へと定義が移されます。けれど、それも観測に手間がかかり、決め手にはなりませんでした。

転機は1967年でした。この年の国際度量衡総会で、「1秒」の基準が天体からまったく別のものへ移されます。セシウム133という原子です。

原子に個体差はない

なぜ原子なのか。理由は、原子には個体差がないからです。

セシウム133の原子は、ある特定の振動数のマイクロ波だけをきっかけに、エネルギーの低い状態と少し高い状態の間を行き来します(基底状態の超微細構造と呼ばれる、ごく近い二つの準位の間の遷移です)。この共鳴の振動数は、温度や圧力といった外の環境に振り回されにくく、しかも世界中どのセシウム原子をとっても、ほとんど寸分たがわず同じです。個体差もなければ、年を経るごとの摩耗もありません。これ以上ない規格品を、自然のほうが最初から用意していた、ということになります。

現在の定義は、この性質をそのまま物差しにしています。セシウム133原子が出し入れする放射が9192631770回振動する時間、それが1秒です。約92億回。国際度量衡局(BIPM)が定めるSI単位の定義も、この数字をそのまま採っています。ふだん腕にしているクオーツ時計が、水晶を毎秒32768回ふるわせて時を刻んでいるのと比べると、刻みの細かさの桁がまるで違う。最初のセシウム原子時計は1955年、英国のルイ・エッセンらが作り、それがやがて、国際原子時の土台になっていきました。

もっと冷やして、長く見る

ただ、原子が完璧な規格品でも、それを測る側には苦労があります。

困りものは、原子が猛烈な速さで飛び回っていることです。常温のセシウム原子は秒速300メートルほどで動いていて、これだけ速いと、マイクロ波と向き合う時間が一瞬で終わってしまう。じっくり観察できないと、共鳴の振動数を精密に読み取れません。そこで考え出されたのが、原子をうんと冷やして動きを止める、という発想でした。

レーザーをいくつもの方向から当てて原子の運動にブレーキをかけ(ドップラー冷却といいます)、ほとんど止まるところまで冷やす。さらにその原子のかたまりを噴水のように真上へ放り上げ、上がって落ちてくるあいだに二度測る。この原子泉と呼ばれる方式だと、観測の時間をぐっと長く稼げます。秒速300メートルだった原子が、秒速数メートルまで落ち着く。こうして仕立てたセシウム原子泉時計になると、誤差はおよそ3000万年に1秒という領域に入ります。

裏を返すと、正確さを削るものの正体もはっきりしています。原子の熱運動、見ていられる時間の短さ、まわりの磁場や電場、原子同士の衝突、装置からの熱の放射。精度を一桁あげる営みは、こうした邪魔を一つずつ潰していく地道な作業でもあります。

光で刻む

セシウムの先に、もう一段上の時計があります。光格子時計です。

セシウムが使うのはマイクロ波でした。光格子時計が使うのは、振動数がさらにずっと高い、光そのものです。刻みが細かいほど時間を細かく分けられますから、原理として精度が上がる余地が大きい。考案したのは東京大学の香取秀俊さんで、2001年に理論を提唱し、2003年に基礎実験に成功しています。

仕組みがよくできています。レーザーを何本も干渉させると、卵のパックのような窪みが空間にずらりと並びます。そこへ絶対零度近くまで冷やしたストロンチウム原子を、一つずつ収めていく。容れ物に閉じ込めると、ふつうは原子が乱されて時計が狂うのですが、香取さんはある特別な波長——「魔法波長」と名づけられました——のレーザーを使うと、原子が容れ物の存在に気づかないまま、もとの振動数を保つことを見つけました。窪みの一つずつに原子を入れられるので、何千個もの原子を一度に測れる。数で攻めるわけです。東京大学の解説によれば、目標は「300億年で1秒も狂わない」精度、18桁の世界。これは2014年に実現し、翌年に学術誌で発表されました。セシウムより、さらに3桁ほど上をいきます。

面白いのは、ここまで正確になると、時計がほとんど別の道具に化けてしまうことです。アインシュタインの一般相対性理論によれば、重力の強い低い場所ほど時間はゆっくり進みます。光格子時計はその差を、わずか十数メートルの高低差でも読み取ってしまう。高さを測る重力ポテンシャル計として使う研究も、実際に進んでいます。

日本の「いま」を作る

こうした最先端の時計は、研究室の自慢話では終わりません。私たちが使う日本標準時の作り方そのものが、もう変わりはじめています。

情報通信研究機構(NICT)は、2006年以降ずっと、水素メーザー時計とおよそ18台のセシウム原子時計を組み合わせて日本標準時を生み出してきました。ただ、こうしたマイクロ波の時計だけだと、世界の基準である協定世界時(UTC)との差が、数か月のあいだに10億分の20秒ほどまで開いてしまう。ITmedia NEWS が伝えたところでは、NICTは2022年、ここにストロンチウムの光格子時計を参照として組み込み、UTCとの差を10億分の5秒以内、つまり従来の4分の1以下に抑え込むことに成功しました。国家の標準時の維持に光格子時計を使ったのは、これが世界で初めてでした。

この流れは、定義そのものの書き換えにもつながっています。2030年ごろをめどに、「1秒」の基準をセシウムのマイクロ波から光の周波数へ——つまり光格子時計のような光の時計へ——移す再定義が、国際的に検討されています。1967年に地球から原子へ移った物差しが、こんどは原子のなかで、マイクロ波から光へと移ろうとしています。

原子核という次の一手

それでも探究は止まりません。光格子時計が原子の「電子」のふるまいを使うのに対して、もっと奥、原子の中心にある「原子核」そのものを使えないか。原子核時計と呼ばれる構想です。

狙われているのはトリウム229という原子核で、これは光(真空紫外の149ナノメートル、エネルギーにして8.3電子ボルト)で操作できる、きわめて低いエネルギーの励起状態をもつ点が特異です。理化学研究所の解説によると、原子核の遷移を基準にする最大の利点は、その共鳴周波数が外からの電磁場のノイズの影響を極めて受けにくいことにあります。電子は原子の外側にいるぶん環境に揺さぶられやすいのに対し、核は内側に守られている。2024年には、長らく難物だったトリウム229の励起状態の寿命が初めて測られるなど、実現に向けた要素がそろいつつあります。完成すれば、いまの原子時計をさらに上回る正確さに届くと見られ、基礎物理の定数が本当に一定なのかを確かめる道具としても期待されています。

なぜ、そこまで正確さが要るのか

何千万年に1秒、と聞くと、そんな精度を誰が必要とするのかと思うかもしれません。ところが、私たちはもう毎日その恩恵を受けています。

いちばん身近なのがGPSです。GPSは、衛星から届く電波の時刻のずれを距離に翻訳して現在地を割り出します。電波は1秒で約30万キロメートルも進むので、時刻がほんの少し狂うだけで位置は大きくずれる。数メートルの精度で位置を出すには、時刻を10億分の数秒の単位でそろえなければなりません。それを支えているのが、衛星に積まれた原子時計です。携帯電話の基地局どうしの同期、通信網、電力網、金融取引の記録——社会のあちこちで、正確な「いま」が静かに前提になっています。

地球の自転というおおらかな親時計から、原子の振動という揺るがない基準へ。そしていま、その基準は光へ、さらには原子核へと移ろうとしています。何千万年に1秒という正確さは、究極の精密さを愛でるためというより、私たちが当たり前に使っている位置や通信を成り立たせるための、いわば縁の下の物差しなのだと思います。

参考・出典

タイトルとURLをコピーしました